「お、ゆるし、を」

がちがちと、名前の歯の根が鳴った。彼女の声は震えている。戦慄く口唇は血の気が引いて青い。身に覚えのない仕置きに、彼女はひどく混乱していた。三成は床に散る髪を撫でる手を止めて、頭を上げた。行灯の明かりにぼんやりと照らされる、名前の青白い顔を見る。そして、本当に珍しいことに、微笑した。薄いくちびるが囁く。

「なにを?」

名前の体が大きく震えた。ぎちり、と彼女の手首を頭上で固く縛る荒縄が鳴る。血液がうまく流れず女の両手は痺れていた。三成は色の悪くなった手をゆっくりと撫で、恐怖に揺れる瞳を見つめる。とうとう潤んだ両目から、耐え切れないというように丸い雫が滴った。名前はしくしくと啜り泣く。

「……三成さま、どうか、おゆるしを…」
「名前、名前、貴様は愚かだ」
「ああそんな…」
「もう遅い」

三成は至極丁寧に女の足袋を脱がせる。青白い無骨な手は普段の彼からは想像できないくらいに優しい。ますます彼女の嗚咽は大きくなる。かさついた指先が小さな足の裏を摩り、踝を少しばかり引っ掻く。男の手が足首を掴んだ。そのまま足の甲に額突いて接吻する。湿った吐息に名前はまた目尻から涙をこぼす。彼女は先の見えない彼の行動が怖くて堪らないのだ。濡れた赤い肉はぴちゃぴちゃと音を立てて爪先を啜る。磨くように、丹念に。小さな爪を舐めると女がくぐもった悲鳴を上げた。彼は女の足の小指までも丁寧に扱う。足首を甘噛みして、熱い舌は脛を辿る。唾液に濡れた肌がひんやりとして、彼女の怖気をまた誘った。

「やめて、やめてください」

粟立つ肌をざらついた舌が這う。指が足の間の奥を撫でた。三成は暴れる脚を無理に開いて体を割り込ませる。彼は必死に訴える名前を嘲笑った。

「どうした。助けを呼べばいいだろう」
「なにを、」
「家康の名を呼ぶのだろう」

憎々しげに吐き出された言葉に彼女は愕然とした。彼は何か誤解している。そしてそれは絡まった糸のように解きにくいだろう。白い手が合わせから侵入する。直に腹を辿り、柔らかい胸の下の心音を確かめる。とくとくと脈打つそれ。三成は舌打ちする。忌々しい、と思う。彼はそろりと手を動かす。片手で絞め殺せるだろう、細い喉の震えを感じる。

「貴様は嘘つきで、傲慢で、強欲で、いつだって私を裏切る……情を掛けた私が愚かだった」
「違う、違います」
「違わない。貴様は昔からそういう人間だった。…あの男と同じだ!」

ぎらついた眼からはどろりと濃厚な殺気が溢れる。なぜ、と三成は低く呻く。双眸がゆらりと揺れた。彼はまさにこの世で一番不幸な男の顔をしていた。

「……私を選ばない。…私をおいていく、お前さえもが」

名前は息を飲んだ。青白い手がゆっくりと頬を撫でて離れる。その手が傍に立て掛けてあった刀を取ることは容易に想像できた。

「家康の元に走っていく脚などいらない。家康を抱く腕などいらない」
「………」
「そういうことだ」

居合刀の鞘走る音に彼女は静かに絶望する。行灯の明かりに照らされた三成の表情は鬼のようだ。彼の傍らの軍師が般若に例えていたことを思い出す。般若は、嫉妬や恨みの篭る女。そして、鬼灯色の化粧が似合う。灯火に煌めく刃はきっと冷たい。三成がくつりと喉を鳴らした。左手が裾から覗く太股を押さえつける。

「嘆くことはない。これは誉れだ」

私に愛されたのだから。名前の血は赤く、骨は白いだろう。三成は夢想する。どこからか風が吹いて、もがく彼女の髪を散らす。この昏い部屋に、夜明けはあまりにも遠かった。





(111016)
title 舌
誰にも触らせてやらない


 
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