幼い私が欲しがったのは、ドラえもんだった。誕生日やクリスマスには、いつも青い猫型ロボットを親にせがんだ。差し出されるのはぬいぐるみやビデオや漫画だった。その度に私は駄々をこねる。ちがう、これじゃない。そう言って泣く。私はずっと、テレビの中の青くて丸い、どら焼きが大好きな、やさしいロボットが欲しかった。



なんで今こんなことを思い出すのか。

「貴様、何者だ」

答えは簡単、走馬灯です。
濡れたように光る刀の切っ先に後ずさる。なんだこれは。頭から一気に血の気が引いていく。キャパシティーが限界を超えている。目の前の、男、時代劇みたいな、刀を持ってる、甲冑、変な髪型、銀髪。手のひらに畳の感触がする。藺草の香り。
変だな、私は今まで、自室の学習机の引き出しを漁っていたはずだ。ドラえもんのキーホルダーを探していたのだ。右手を突っ込んで、それで、それで……。

ぺち、と刀身が頬に当てられた。一気に鳥肌が立つ。冷や汗が噴き出した。

「あばばば!お兄さん、じゅ、銃刀法違反!!ポポポッ、ポリスメーン!」
「どこの忍びだ。吐け」
「えっ、ええっ!?」
「押入れに潜んでいたのか。転がり出でくるとはとんだ間抜けだな」

言われてみれば視界に倒れた襖が。後頭部が痛いのはそのためらしい。それにしても。

「ここはどこ…?ていうか夢かな、これ…明晰夢ってやつ?」
「貴様、質問に答えろ!!」
「あ、ちょっと待って下さい」

手の中のドラえもんのキーホルダーを確かめる。よかった、壊れてない。先程まで混乱していたが、これはたぶん夢だ。夢である。頬に当てられた冷たい刃もスカートの下に感じる畳の感触も、夢だ。そうでなければ説明がつかない。

「ゲームのし過ぎかな…変な夢だ」

ひゅっ、と風圧を感じた。ぱん、と軽い音がしたと思ったら、手のひらのキーホルダーが木っ端微塵になっていた。無惨な破片が指の間をすり抜けていく。欠片があたって、手がちくりと痛んだ。…あれ?

「…痛い?」
「巫山戯るな!何処ぞの草如きの為に待ってられるか!」

脚の間に刀が振り下ろされた。畳に沈む刃にスカートの端がズタズタに切れる。切れている。

「……うそ…」
「余程今生に未練がないと見える…」
「え、あ、あの、」
「首を落として城壁に吊るしてやる」

ぬらりと妖しく光る刀、固定するように脚の間のスカートを踏み付ける黒い足、木っ端微塵になったキーホルダー。死亡フラグが…折れない!!

《そっらを自由にっ飛びたいな〜》

びくっ、と二人して肩を揺らした。ブレザーの胸ポケットから声がする。携帯のアラーム機能だ。そろそろと侍のお兄さんを伺う。お兄さんは鳩が豆鉄砲食らったみたいな顔をしていた。

「………」
「………」

暫しの沈黙の後、恐る恐るといったようにお兄さんがしゃがむ。右手に刀を持ったままだ。何をするつもりなんだろう。固唾を飲んで見守る。
左手で携帯電話の入っている方の胸をむんずと鷲掴みにされた。

「なっ、なななっ!」
「…なんと面妖な…胸から声が…」

お兄さんは大真面目な顔だ。だが。刀を持ってる。刺激するのはとても危険だろう。だが。だが。だが!

「さわるな変態ぃいい!!!」

青白い頬に思いっきり平手打ちをかましてしまった。

「………な、…」

左手が離れた。お兄さんがぽかんとしながらこちらを見る。冗談のように左頬に赤い手形。胸を腕で隠す。

「やれ三成、何を暴れておる」
「我の午睡の邪魔をするな」
「石田ァ、魚捌いたぜ!」
「石田殿、ぜひ某と手合わせを!」

すぱんと襖が開いた。色とりどりの格好をした人達。目が合う。長い沈黙。銀髪のガタイの良いお兄さんが口を開いた。

「石田、…強姦は、駄目だ」
「違う!!!」
「あ、の」
「破廉恥!」
「違うと言っている!!」
「すいませ、」
「どう見ても無体を強いて引っ叩かれたようにしか見えぬわ」
「毛利貴様っ、」
「あのー」
「三成…やっと世継ぎのことを考えるように…」
「刑部!誤解だ!!」

ぎゃあぎゃあと喚き出す集団に私が言いたいことはただひとつ。

「人の話を聞いてください…」

助けてくれ、未来の猫型ロボット。




(110624)
title 夜風にまたがるニルバーナ

 
×