星よ、わたしの星よ。愛しいあなた。金色の光。あたたかい光。わたしの光。どうかわたしの暗闇を照らしておくれ。ずっとずっと、永遠に。



「ひとは死んだら星になるらしい」

女は血を滴らせた真っ赤なくちびるで言う。呼吸は浅い。もう喋るな!怒鳴る家康はすっかり取り乱していた。腹に二つ、左胸に一つ、の穴。弾けた肉と噴き出す血は元通りに出来ない。

「大丈夫だ、大丈夫、」
「家康」
「助ける、ワシが助ける、だから」
「ごめん」

それ以上言ってくれるな。彼は泣きそうになる。やめてくれ頼むから。誰かに祈って、彼女の風穴を必死になって塞ごうとする。鮮血が大量に溢れて、家康の籠手を真っ赤に染めた。この細い身体の何処に、こんなにたくさんの液体があったのだろう。流れ出る命に絶望が忍び寄ってくる。視界が歪んだ。ひどい目眩が彼を襲う。

「…いかないでくれ……」

家康はほとんど泣きながら呻く。声が震えた。まろやかな金色の眼から滴る雫が慈雨のように彼女の身体に落ちる。瀕死の女が微笑んだ。

「家康、大丈夫だよ」


***


喪服の右手が家康の左頬を殴った。そのまま三成は家康の胸ぐらを掴んで壁に押し付ける。

「貴様のせいだ、貴様のせいであの女が、秀吉様の兵が死んだ!!」
「………」

葬儀の後だった。晩秋の空は冴え冴えとしていた。三成の両目は怒りに燃えている。家康はくちびるを噛んだ。

「…すまん」

かっと金目が見開いた。三成が右手を振りかぶる。


***


「家康、あなたは人だよ!」

当然のことのように眼前の彼女は言う。必死に叫ぶ。

「家康も、人間なんだよ。ただ少し周りの人より、強いだけで」

私と同じ。女の胎から生まれて、そうして最期は土に還る。あなたは笑うし、泣くし、痛みを感じるし、温度がある。
白い手が家康の醜く曲がり変色した手を握る。

「綺麗であたたかくて眩しいから、皆うっとりしてしまうけれど、あなたは人間だ。かみさまじゃない。だから、」

それを忘れないで。遠くへ行かないで。光に溶けないで。私を、置いて、いかないで。
震える声が、縋る。


***


拳は壁に当たった。白い男がギリギリと歯噛みしながら呻く。

「…あれは貴様を人だと言った」
「………」
「当たり前だ、どうでもいい」
「………」
「所詮貴様も汚い人間だ」
「…そうか」
「……わかったらさっさとその情けない顔をどうにかしろ…」

ひどく寒かった。家康は彼女の冷たい頬を思い出す。


***


お前はもう笑わない、泣かない、痛みを感じない、温度が、ない。
ワシがいるのにお前がいない。傷だらけの手を優しく撫でてくれるお前がいない。ワシを、人に繋ぎとめてくれるお前がない。


***


「三成を殺して、日ノ本は平和になる。勝つのはワシら東軍だ」

鉄の従者は音を立て、蒼い竜は笑い、美しい八咫烏は前を見て、海神の巫女は目を閉じる。

三成を殺して、人である自分の心を殺してでも、家康は平和が欲しい。ワシはなんて強欲なんだろう。彼は微笑む。
星は太陽の光で見えない。


***


「寂しくなったり、悲しくなったりしたら、空を見上げて」

嗄れた声で彼女は言った。

「わたしはあの煌めきのひとつ。探してね、見つけてね」
「ああ、ああ、絶対に見つける」
「だから、大丈夫、家康、お願い」

泣かないで。


***


泣いてしまいそうだ。白い男の首級を抱えて家康は立ちすくむ。夜空はやけに綺麗だ。あのどれか一つが彼女なのだ。見上げる。彼女を探す。星の灯る涙が彼の頬を伝う。星が瞬く。明日も変わらず輝いていてほしい。それだけを家康は祈る。



星よ、わたしの星よ。愛しいあなた。金色の光。あたたかい光。わたしの光。どうかわたしの暗闇を照らしておくれ。ずっとずっと、永遠に。





すべてあしたも眩しくありますように
(110622)
星に願いを

星を泳ぐ魚様へ!


 
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