家康は三度、その人間と会った。
最初は家康が織田の傘下であったときだ。彼とは戦場で出会った。ちらほら雪が降っていた。煤と血と泥で薄く降り積もった白い雪原が汚れていた。たくさんの足跡がくっきり残っていた。家康は疲れきって陣のすぐ横の木の根に腰を下ろした。一人になりたかった。そんなとき、彼は小さな包みを持って傍にやってきた。
「おなかが減っているでしょう。私の分も食べなさい」
確かに家康は空腹だった。それでもそのうち家臣が兵糧を持ってくることは知っていたので、いらない、おめぇが食え、と言った。彼は少し笑った。返り血で染まったくちびるが花のように綻ぶ。
「そうですか」
彼はさっさと甲冑を鳴らしてどこかに行ってしまった。
信長は化け物を飼っている。童子のような外見をしている。正体は鵺だ。そんな噂が流れているのを、家康はその後知った。

二度目は豊臣にいた頃だった。大坂城の一室だった。
「おや、」
彼はまた少し笑った。花の香りがする。不思議なことに、初めて会ったときとまったく外見が変わっていなかった。
「別人かと思いましたよ」
「お前は…」
「ああこれは。私は本田菊と申します」
おんなのような名だ。返り血のついていない白い肌が美しい。
彼はお伽衆の一人らしい。三成は彼のことが気に入らないようだった。秀吉が彼を呼びつける度に苛立って、家康にあたる。
「石田さんは嫉妬しているのですよ。私が太閤のお傍に易々といることに」
本当にそうなのかな、と家康は思った。将棋の駒を進める。三成はこの男の異質に気づいているのではないだろうか。彼は袖でそっと口元を押さえる。底の見えない黒々とした瞳が家康を映す。
「あのお方は、」
彼は夢を見るような口調で言った。
「私がいつか自分に仕えるだろうと言いました。でも駄目だった。あの方は欲界の王だった。太閤は私に覇道を歩ませてやろうと言いました。でも駄目です。私の壊疽は広がるばかり…。もうずっと『私』は悲鳴を上げています。肌は爛れ、肉は腐り、臓腑は破れ、骨は朽ち…嗚呼、この苦しみは、嘆きは、いつ終わるのでしょう…」
彼の吐息は甘い腐臭がした。

三度目は全てが終わったあとだった。家康はやっと彼の正体に気づいた。
家康は彼から刀を取り上げた。そして鎖をつけた。もう二度と開かぬよう雁字搦めにして鍵を掛けた。
「貴方は穢土の王になるのですね」
彼は薄く笑った。最初に会ったときと少しも変わらぬ笑顔だった。家康も笑った。
「そうだ。お前の王だ」
「貴方は似ておられる」
「誰にだ?」
「魔王に、覇王に、」
聞きたくなかった。家康は目を閉じる。彼の透き通った白い肌からは花の匂いがした。


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