小説
悲恋

伊作が戦で助けた敵国の姫君を匿っている。その報せが私の耳に届くのに時間はかからなかった。池の淵に座って小石を1つ投げ入れると水面が波紋を生んだ。伊作と同じ任務に当たった生徒から教師へ、時には生徒から生徒へ。美しい波紋はすでに学園の全域に伝わっている。生徒達はこれを風の術だと言って否定してくれていたけれど。

“彼女を放っておけない。ごめん”

とある経路から受け取った彼の手紙には、そう一言だけ、実に簡潔に綴られていた。間違いなく彼の字だった。落ち着いて手紙を書くことさえままならないのだ。知っている、アイツは男気のようなものを一切取り払ったような人間だけれど、その代わり誰よりも優しい人間であることを。頭では分かっているのに、どうしても感情が追いついてくれない。では伊作にとって私は放っておいてもいい存在だということだろうか。直感的にもう彼は私のところへは帰って来ない、そう思った。

私がくのたまでなければ、きっとこんなに不安定な気持ちになったりしないだろうに。普通の女の子だったなら心から信じられるのに、完成されたくのいちだったなら割り切ってしまえるのに。自分の存在が中途半端で歯痒くて、死にたい、死んでしまいたい。

「ナマエ、それはお前がくのたまだからではないぞ」
「どういうこと?」
「何だお前、気づいていないのか」

仙蔵。お願いだからそんな目で私を見ないでよ、何もわからなくていい知りたくないから。水面の波紋はもう消えていた。

101218
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