小説
これの続き / 続く

発端は「柳、誕生日何欲しい?」と何気なく聞いたこと。柳は「何でもいいのか?」と念入りに聞き返してきたので頷き返した。
柳はこちらのデータを一揃い持っているくせに自分のことはあまり明かさないので、何が欲しいか、それとなく探りを入れてもよく分からなかったのだ。もう誕生日まで秒読みなのでなりふり構わず直球で聞くことにした。
正直、柳が唯一欲しがったものには心当たりがあるのだけど、それについては既に柳に持っていかれてしまったし、何で欲しがったのか理由も分からないので類似品が思い当たらない。

「ならば……6月5日の昼過ぎに水着持参で家に来てくれないか」
「水着?」
「できれば去年の夏に着ていたもので頼む」
「ああアレかあ。もう着れないから大丈夫」
「……着れないとは?」
「サイズ的に……」
「そういう理由であれば問題ないので、それを持ってきてくれるか」

見せパンの次は水着かあ……確かに似たようなものかもしれない。もう今年の水着は買ってあるので、去年のサイズ的に難ありの水着は不要だから良いのだけど……。誕生日に異性の水着欲しがる柳蓮二、やばすぎん?



6月5日の13時頃、柳家のインターフォンを鳴らす。

「よく来たな。さあ、上がるといい」
「お邪魔しまーす」

すぐに出迎えてくれた柳のあとを緊張しながらついていっていると、柳から家族は皆出掛けていると耳打ちされた。言われてみると確かに家の中は静かな気がする。午前中に買い行ったお茶菓子を柳に渡してホッと一息ついた。「家族が出掛けている、と言われてお前は安心するのか……」と言う柳の表情は複雑で、その感情まではうまく読み取れなかった。

「あ!それで水着のことなんだけど」
「ああ、ちゃんと持ってきたか?」
「うん」

はい、どーぞ。と可愛い紙袋に包んだソレを渡す。

「くれるなら貰うが。今日はナマエに着てもらうつもりで持ってきてもらったんだが?」
「え、私サイズ的にもう着れないって言わなかった?」
「言っていたな。だが去年と比べても微増といったところだろう。大した問題ではない」
「大問題だが!?」

大問題だが!?

「何でもいいと言ったのはナマエの方だ」
「確かに何でもいいとは言ったけど、それで何で私が柳家で水着を着る羽目に?」

普通に水着を手渡すつもりで来たから理解が追い付かない。この男は私に水着を着せて何をさせようというのか。

「ナマエの全身のデータが欲しいので採寸させてほしい」
「全身のデータ」
「だから採寸に適した水着姿になってもらいたい。さすがに裸になれとまでは言えないからな」
「それはそう」

だからナマエ、お前は今から水着に着替えるんだ。そう言い含めるようにして柳は自分の部屋に私を押し込んだ。全身のデータを取られる目前であったことを今、初めて知った。何の説明もなかった上、前例がアレだったせいで柳は水着を欲しがっていると思い込んでいたから仕方ないね。
ドア越しに疑問に思ったことを柳に投げかける。

「水着姿になる必要があるなら今年のでも良かったのでは?」
「駄目だな。ナマエが買った今年のものは採寸に誤差が出る」

なんで今年買った水着のデザインを知ってるんだ?確かに今年は気になるところ全消しできそうなフリル多めのデザインである一方、去年のものは飾り気が一切ないドシンプルなデザインだけど……。まあその辺りは柳に対しては無粋な質問か。
あと15分経ったら容赦なく開けるぞ、という本気としか思えない脅し文句により私は早急に着替えなければならなくなった。





柳は採寸に誤差がどうとか言っていた、それにはこういったシンプルなものが適しているのだろう。ただ、やっぱり少々キツくて気を抜くと食い込む。去年から大して運動量が変わっていないにもかかわらず、丸井と同じクラスで美味しいお菓子を心行くまで享受しているので自業自得な想像通りの結果すぎる。

ただ、

単純にデブって恥ずかしいという感情とは全く別の羞恥心が芽生える気配を感じた。きっと海やプール以外で水着になっている、という異様な状況に脳みそがバグっているに違いない。
ドアの向こうにいる柳に着替え終わったことを報告すると、間髪入れずにドアが開いた。

「これでいい?」
「……ああ、良いな」
「じゃあさっさと測って終わらせよっか」

気合を入れて協力的に、そうして手早く終わらせてしまった方が気持ちとしても楽な気がするから。

210604
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