小説
身体にぴったりの制服に身を包み、ローファーを履いて、自分の足で登校する。“前世の私”では叶わなかったことからだ感動もひとしおだった。

都合の良い方を選ぶといっても、夢の中でのことは、しばらく時間が経った今でもまだ夢とは到底思えなくて、それならと前世の自分として割り切ることにした。夢と現実での私は、これまで自分の身に起きたことが違いすぎる。だからそういうことにしておけば、きっと変にボロが出るということもないと思うから。

外に出ると暖かい陽気と同時に強い風が吹きつけてきて、長く伸ばした髪が思い切りなびいた。学校生活の門出としては上々、新しい自分としての一歩を踏み出した。

わけだが、出端を挫く問題が発生してしまう。

(学校への行き方が、わからない……?)

本当に自分でも馬鹿すぎる話なのだけど、私はこれから通う予定の立海大付属高校への生き方が分からない、ということが分からなかった。徒歩圏内だしスマホの地図アプリもあるしと侮っていた。どうやら自分は地図が読めない人種だったらしい。地図を見ながら目的地へ向かう、という経験がなかったから知る由もなかったのだ。いつだってどこかへ行くときは両親に連れられて行ったから。
いくら地図を見続けても分からないものは分からないので、とりあえず他の立海生を見つけてこっそり後を付けさせてもらおう、そう目論み、スマホの地図はお守り程度に恐る恐る学校へ向かうのだった。

(よし!やっと見つけた!!)

川沿いの道へ出た辺りで立海の男子生徒に遭遇した。前を歩く男子生徒が私と同じように学校への行き方が分からないとかいう状況でなければ、これで無事に学校へ到着できることが確定したことになる。私はたまたま通学路が一緒だけというていで、しれっと彼の10mほど後ろを歩かせてもらうことにした。そんなポジショニングに安心したその時、強い向かい風が吹き抜けていき……、

「む!」
「あっ帽子!」

向かい風を受けて、前の男子生徒が被っていた黒い帽子が私の頭上へ飛んできた。咄嗟に川べりの防護柵に片足をかけてジャンプする。これくらいの高さであれば余裕で届く、今の自分の身体能力は私が一番よく知っていた。予測通り帽子を捕らえることに成功する。

男子生徒の方へ向かい、手にした帽子を差し出した。

「はいどうぞ。川に落ちなくて良かったですね」
「……」
「あの?」
「……」
「おーい」
「……何と破廉恥な」

ようやく口を開いたかと思えば破廉恥とはいかに。話が通じていないな?とりあえず帽子は受け取って欲しい。帽子の持ち主は私を見下ろしながら固まっていて、一方私は帽子を差し出したままだ。

「(どうしよう、この状況……)」
「弦一郎?」

声がした方を振り向くとまたしても立海の男子生徒、目を閉じた背の高い男の子が立っていた。そして帽子の男子生徒は弦一郎という名前であることを知る。名前で呼んだことから2人は親しいらしいことが伝わったし、彼のおかげで固まっていた“弦一郎”の口が「蓮二」と動いてくれたので、ほっと胸を撫でおろす。まさに渡りに船とでもいうべきか。

「弦一郎、まずは彼女に言うことがあるのではないか?」
「…!そうだな。すまん、少し呆気に取られてしまっていた。帽子をありがとう」
「あっ、いえいえ。さっきも言いましたけど川に落ちなくて良かったですね」

ようやく帽子を受け取って貰えた。これでやって学校へ行ける、と思ったのだけどそもそも “弦一郎”の後ろをつけていくつもりだったのでその計画が狂ってしまったことに気が付く。この場は私の方が先に立ち去るのがベターなのだろうけれど、そうすると私は学校へたどり着けない。かといって今から後ろへ位置取りしに行くのも変だし、どうしたものか。一緒に行ってもいいだろうか。2人は友達同士のようだから、見ず知らずの女生徒は邪魔かもしれない。

「あの、もしよければ「一緒に行ってもいいですか?と君は言う」…!?な、なんで……?」

なんでという疑問は、言おうとしたことを言い当てられたことに対してだ。そんなに分かりやすく一緒に登校したそうにしていたのだろうか、そうであったら非常に恥ずかしい。

「入学式の日に真新しい制服を着用していれば新入生だと分かるからな。ちなみに同級生だから敬語はいらない」
「(先輩じゃないんだ……)」

2人とも先輩だと思っていた。でも言われてみれば2人が着ている制服も新品で、確かにこれは新入生以外あり得ない。なるほど、こういうところを見れば良いのか。“蓮二”は視野が広いなぁと感心する。

「それに君は外部生だろう?俺達は立海大付属中学からの持ちあがりだが君には見覚えがない。そんな女子生徒が上級生としか思えない風貌の弦一郎の後ろを等間隔で歩いていれば、自ずと答えは見えてくるだろう?」
「すごい推理だね。全部当たってるよ」
「上級生としか思えない……?」

“弦一郎”が引っ掛かってる。私は一応“蓮二”も先輩だと思ったんだけど。

「大人っぽくて頼りになりそうってことだよ。ごめんね後ろつけたりして」
「問題ない。普通に声を掛ければ良いものを、とは思うが」
「声掛けて良かったんだ。じゃあ今度からそうするね。私ミョウジナマエ。よろしく」
「うむ、よろしく頼む。俺は真田弦一郎だ」
「俺は柳蓮二だ」
「うん、真田くんと…柳くん、だね!」

真田弦一郎くんと柳蓮二くん、今の自分になってはじめて出来た友達だ。いや、友達というのは気が早いだろうか、でも知り合いでも嬉しいな。前世の私には友達と呼べるような人はいなかったから。“蓮二”改め柳くんが「そういえば」と言って私を見下ろす。それにしても背が高い。

「先ほどのミョウジの跳躍はすさまじかったな、何かスポーツでもやっているのか?」
「…確かに、氷帝の向日並みの高さがあった」

氷帝の向日、という人は知らないけれどきっと2人の知り合いだろう。

「実は何もやってなくて。高校では何でもいいから運動部に入りたいんだよね」

そう、前世の私は運動どころかまともに歩くこともできなかったから、普通に学校に行けるようになったら運動部に入りたいとずっと考えていた。

「ほう、ではテニス部はどうだ?」
「テニス部?」
「俺達はテニス部だからな」
「テニス……」

真田くんと柳くんが背負っている大きな鞄はテニスのラケットバッグだったようだ。テニス部もアリかもしれないと思う。

「見学行ってみようかなあ」
「そうするといい。ミョウジなら体操部や陸上競技部もいいかもしれないな」
「うん、そういう部活もいいね。参考にしておく」
「ミョウジはこういうスポーツがやりたいという希望はないのか?」
「うーん…そう言われると難しいなあ」

自分の身体能力は何となく分かってはいるのだけど、高く飛べそうだとか速く走れそうだとか私でもイメージできる単純な動きの範疇でしかない。それらがどんなスポーツに活かせるのかは未知数だけど、身一つで成立するものが合っているような気はする。

「…仲間と楽しめる部活がいいな」

仲間と呼べる存在ができたらきっと素敵だと思う。照れくさい発言をしてしまった自覚があるのですかさず「やっぱり今のなし!」と訂正を入れる。しかし、真田くんと柳くんは微笑んで「良いと思うぞ」と背中を押してくれた。
私はそんな2人のことをすっかり大好きになっていたので、ちゃんと2人と友達になれたら良いなと思ったのだった。

(210413 / →)
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