小説
続く

もう朝、起こしに来てくれなくていいから。赤也は確かにそう言った。ちょうど靴を履き替える際、学年別の下駄箱越しに伝えてきたせいで赤也がどんな表情をしているのかは分からない。けれど、どこか冷たい、突き放すような声色だったようには思う。
そんな調子の赤也が私の返答を待つわけもなく、彼の言葉をきちんと理解する頃にはもう自分の教室へと行ってしまった後だった。

「ということが今朝あって。柳くん何か知ってる?」
「……知らないが」
「そう……急にどうしたんだろう。あの子、簡単には朝起きられないのに」
「ふむ……なるほどな」

柳くんは唐突にノートと手帳を取り出し、何やら書き込みを始める。何が「ふむ」でどの辺りが「なるほど」なのだろうか。思わずノートの覗こうと身を乗り出すとプライバシーだと注意を受けた。それはそう。

「今の話で何か分かったの?」
「おおよそはな。そして来週にはお前の役目は俺のものとなっていることだろう」
「どういうこと……?」
「ミョウジに起こされなくなった赤也は連続して朝練に遅刻し、弦一郎からの怒りを買い、最終的な落としどころとして俺が赤也を起こしてから登校することになる、ということだ」

柳くんはページの開いた手帳を私に見せてくれた。手帳はプライバシー的に問題ないらしい。柳くんの予測の範疇でしかないのに、彼の中ではもう決定事項のようで、手帳にはしっかりと「赤也を起こす」というタスクが追記されていた。





次の週、結論から言うと柳くんの予測は的中した。それも徹頭徹尾、赤也が朝練に遅刻してしまうことも真田くんから続けざまに鉄拳制裁を受けることも、朝、柳くんが赤也の家に寄ってから登校するということも。

赤也の部屋へ行って彼を起こすという役目がなくなったことにより、そもそも朝練というものがない私には朝の時間にゆとりができていた。いつもより長く寝ていようと思っても、日課というものは身体に根強く染み付くものらしく、今まで通り、テニス部の朝練に間に合うような時間には起床してしまっていた。一週間経った今もまだ慣れず、とりあえず小テストの勉強や授業の予習などの朝活なるものの時間に充てている。

窓から赤也の家の玄関先を見ると、赤也を待つ柳くんが立っていた。偶然にもこちらに視線を寄越した柳くんと目が合う。片手を上げながら口パクだろうか、彼が「おはよう」と言っているみたいだったので、私も手を振って応えておく。

そのあと、飛び出すようにして赤也が玄関から出てきた。ああっ後ろに寝癖が!それにネクタイも!いつもなら手ずから直せるのに!ともどかしく思っていたら、ちょうど柳くんが赤也に寝癖やネクタイの乱れを直すように指示する動きをしていた。赤也は自ら髪を撫でつけ、ネクタイを正す。

その様子を見て、何となく理解した。どうして赤也が「もう起こしに来てくれなくていい」とあのようなことを言い出したのか。どうやら私は赤也に手をかけすぎていたらしい。

210307
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