特に理科は好きなわけではないのに、理科の実験で使うような器具でコーヒーを淹れること、それが妙にわくわくするから不思議だ。ヘラでロートの中身をかき回しながら、コーヒーの抽出を待つ。
こういう喫茶店のコーヒーとはバリスタと呼ばれる職人的な人が手ずから提供するものだと思っていたから、しがないアルバイトの自分がこんなことをしているというのは不可解で、未だに飲み込めないことがある。
ただ楽しんだもん勝ちだと思う気持ちもあって流れに身を任せていたところ、店長には及第点と少しを貰える、自分としてはなかなかにおいしいと思える飲み物が出来上がるようになってきた気がする。若ちゃんのビーカーコーヒーよりかはいささかマシ!程度の味はとうの昔に脱却した。
フラスコの中に落ちたコーヒーをカップへ注ぎ、カウンター席に座るお客様にソッと差し出す。
「ブレンドお待たせしました」
「どうもありがとう、ミョウジさん」
羽ケ崎学園の王子オーダーのブレンドコーヒー。佐伯はコーヒー党で、特に自ら淹れるタイプのコーヒー好きだと思われる。サイフォンテーブルに向かっている際には痛いほどの視線を送ってきたし、淹れ立てのコーヒーを前に香りや色、口に含んでからは味の良し悪しを吟味しているようだった。
「……うーん、まあまあだな」
まあまあだと!?!?私に言ったのかクソデカ独り言なのか。
入店直後、正確には私の存在を視認した後、佐伯は確かに一瞬だけ嫌そうな顔をしたのだ。ただ、すぐさま本人はいつもの王子然とした表情になり私に挨拶するものだから、何か見てはいけないものを見てしまったとして、わざわざ見なかったことにしてやったのに!
「るっせ、ばーか」
「何い!?」
優等生の仮面を被るところに立ち会ったと思ったら外すところにも立ち会うことになったらしい。仮面のオンとオフ、さらにそれぞれのスイッチの瞬間までコンプリートしてしまった。
「正しく評価して何が悪い!?」
「まだまだなのは認めるけど!同級生にそう言われるのは釈然としない」
「まだまだとは言ってないだろ」
「え!?じゃあ何、褒め言葉?」
「いやそういうわけでもないけど……」
「どっちだよ」
羽ケ崎学園の王子難しいな!!??
「……雑味がなくてお手本のような味がする」
「うんうん」
「だけど、」
だけど、の続きを待っていたら、佐伯は立ち上がって「お会計」と言った。視線を誘導された先は店の扉で、そちらを見ると同時に来客を知らせるベルがチリンと鳴る。
続きが気になる……、そんな思いを抱えながらレジを打ち込んだ私に対し、佐伯は「またな」と一言残して帰ってしまった。何とも無体な仕打ちだ。
数日後、佐伯に連れていかれた喫茶店で、彼がブレンドし手ずから淹れたというコーヒーを飲まされぶったまげるのは別の話。
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