小説
花吐き病

「これは“憧れ”、こっちは“尊敬”…」

身体の中のどこかで芽吹いて、胃や喉を逆さに辿って口から吐き出される。無残に散らばったその花々を、ゴム手袋を厳重に纏った手がさらっていく。

誰かが触れたら大変だから、吐瀉花はそそくさと片付けるに限るのだけど、それなら自分自身でやればいいことだ。わざわざ罹患者以外が出しゃばってくる必要はない。頼んでもいないのに、子供が花を摘みとる際に発揮するような無邪気さと強引さ、それに近しい彼の気質に押し切られてこの現状に至ってしまっている。
1度、2度……と幾度か回数を重ねたものの、自分の粗相を誰かに片付けられるというのは慣れない。いつも、とても惨めな気持ちになる。しかもそうするのが花に詳しい幸村なんて全くもって相応しくない。心が過剰に消耗していく気がしてならない。

嘔吐後特有の苦しみを味わいながら、虚ろに幸村の指先を見た。私の身体の中を撫であげた花弁が、茎が、彼の指先によって弄ばれている。長さを揃えるために茎は手折られ、色や高さのバランスを考えながら花弁の向きや位置が整えられていく。

「ミョウジさん見てよ、このアネモネ!きれいだなあ……」

ひと際長い茎と大きな花びらを持つソレはアネモネと言うらしい。輪ゴムで茎同士を縛ると一つのブーケになった。器用なものだな、とは思うのだけど、まあ、どれほど整えたとしても季節感も趣もあったもんじゃない。所詮ちぐはぐな花の寄せ集めでしかないのだから。

それでも、ブーケを作り上げた幸村は心底満足そうに、目を細めてうっとりと眺め入っていた。ひとしきり眺めた後は、ソレを授業で余った模造紙でくるみ、上から透明のビニール袋を被せておしまい。

「真田たち待たせてるから、もう行くね?」

幸村の口から真田の名前が出たので、咄嗟に胸を押さえた。幸村はこうやって、わざと彼の名前を言って私の反応を楽しむ。今日、幸村の目の前で吐瀉花をばら撒いたのだってそのせいだった。
今度は大丈夫。胸を押さえたきり、それ以外の反応を見せなかった私を見て、幸村はほんの一瞬だけ面白くなさそうな顔をした。もう一度、私が無様に吐くところを見たかったのかもしれない。

「また明日、ミョウジさん」
「……うん、さよなら。幸村くん」





教室から出て行った幸村を見送ってから、彼の、花を抱える姿を思い返していた。赤ん坊を抱くような手つきだった。そのことがどうにもむず痒くて、恥ずかしさや小憎たらしさ、そして少々の慈しみ、そういった様々な感情の縺れをもよおしたのだけど、私にはどうすることもできない。結局のところ、幸村には真田のことを好きだと誤解され続けているし、そもそも幸村は私のことを花を吐き出すおもちゃのようにしか思っていないだろうから。





昇降口の近くで、真田と蓮二と合流した。

「おまたせ」
「遅かったな、精市」
「用事は済んだか?」

歪な花束を見て蓮二は怪訝そうな顔をしたけれど、一方で真田は何も気づかない。俺が抱いている花束が今の季節にふさわしくないことにも、花束と呼ぶには不格好であることにも、誰が誰を想って芽吹いた花なのかということにも。

「キレイな花束だな、幸村」
「でしょ?」

俺のものだ。集めて縛って活けて。枯れ尽くすまで見守るつもりだ。一番近いところで、新しい種が落ちる瞬間に立ち会うために。

210121
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