小説
新しい求導師に丁重に弔われ、見送られたのだろう。先代の求導師が眠っていた棺の中からはそういったことが見て取れた。

ミョウジは墓荒しを行った夜から、毎夜、棺のなかみを確認していた。土葬にしては異様に浅い深さの地面を掘り、手軽に確認できるようにわざと小窓の辺りに設置したソレが、あるかないか、残っているか消えているかを見る。たったそれだけの行為を欠かさず続けている。

この狭く閉じた村の中で1000年以上もの間、幾多の遺体を埋葬してきたはずなのに、この村は死の気配を感じさせない雰囲気を纏っていた。この土地に一体どれだけの遺体が埋葬されているのか。

すべての墓を荒らしたわけではないから分からないけれど、その答えは“1つもない”が正解なのだとミョウジは確信している。土に還ったわけではなく、ましてや誰かが持ち出して別の場所へ移動させたわけでもなく、自然の摂理とでも言うようにどこかへ召されていく。

牧野家の墓は依然としてあの場所あって、牧野家の誰かが死ねばあの場所に埋められ、次の牧野家の誰かが死ぬ頃までには空になっている。羽生蛇村の者は村の歪みに気付かない。その身に流れる血がそれ以上の追及を許さない。

あの夜出会った宮田も、確かに棺が空っぽであることを見たはずなのに何も感じていなかったようだったから。

ミョウジは、空っぽの棺の中にぽつんと置かれた骨壺を見つめた。中身はまだある、まだ連れて行ってはくれないらしい。何かが足りない。ミョウジは目を閉じて、記憶の蓋を開けていく。あの日この場所で何が行われていたかを正しく思い起さなければならない。



14年前、1989年2月3日。当時13歳だったミョウジは喪服姿の母に連れられ見知らぬ村へ来ていた。
雪が深々と積もっていて、制服に加えて学校指定のコートとマフラーを身に付けていたことを覚えている。自分に無関心な母と出掛ける、そのことを手放しに喜べるほどミョウジは幼くはなかった。どちらかというと嫌な予感がしていて、結果から言ってしまえばそれは的中してしまう。村に足を踏み入れたとき、ミョウジは頭痛がして今まで体験したことのない感覚に襲われた。

――ザザッ

頭の内側を雑音が撫でて目と耳がおかしくなる感覚を覚えた。目の前の道は霞み、「早くしなさい」と急かす母の声が遠くなる。それから知らない人の声が聞こえた、知らない人がミョウジを見ていた。

――求導師様、さあ先代に祈りの言葉を…
――はい…失われし者は我の血と肉の中に……

たくさんの人が土に半分埋められた棺を囲んで、“ミョウジ”は祈りの言葉を宣っている。知っている様式とは違うが、目の前で行われているそれが葬儀の1つの形であることは分かった。そして、喪服姿の母と制服の自分はこの葬儀に参列するために村にやって来たのだと合点がいく。

誰の葬儀だろう、とミョウジは思うのだけど、瞼を閉じたのか視界は真っ暗になり、祈りの言葉しか届かない。

その繋がりを無理やり断ち切るように、母の声が劈く。ミョウジはハッと我に返り、辺りをキョロキョロと見渡すが、棚田が広がるばかりで、大勢の人も棺も何もなかった。

(201213 / →)
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