小説
――ザクッザクッ

多くの死者が眠る刈割。マナ字架を象った墓碑が点在し、その最も奥には代々求導師を務めた家の墓がある。月明かりが一切届かず森閑としているはずの此処には到底不似合いな、不審で異質な光景が広がっていた。噎せ返るような深くてつめたい土の匂いがする。

「何をしているんですか、ナマエさん」

懐中電灯で照らした先ではミョウジがシャベルで土を掘り返していた。ミョウジが眩しそうに目を潜めたので、宮田は咄嗟に懐中電灯を消す。地面で転がっている薄黄色の灯りはミョウジの懐中電灯だろう、チカチカと点滅していて今にも消えそうだった。

「見ての通り墓荒しだけど」
「こんなところを村の誰かに見られたら……」
「こんな夜遅くにここに来る人なんていないよ、求導師も求導女もね」

確かにこの村は朝だけでなく夜も早い。ほとんどの村人は既に眠りについている時間帯であるし、明治時代まで禁足地であったこともあってか信心深い村人ほど夜分此処に近づかない。
それに、求導女はどうだか知らないが、少なくとも臆病な牧野は好んでこんな薄気味悪いところにこようとはしないだろうことは宮田にも容易に想像ができた。

「司郎君は来ちゃったけど」
「すみませんね」

宮田が来ようともミョウジは手を止めない。もし此処にやって来たのが宮田以外の誰かであったら、ミョウジは手を止めたのだろうか、と宮田は考えて、ミョウジはきっとそんなヘマはしないのだろうと思った。大人しく従順そうな素振りを見せる裏側で唐突にこんな悪事を働く女が、ごく普通の一般人のはずがない。そして宮田はミョウジが自分のこの光景をわざと見せつけたのだと思い至った。

ミョウジが掘り返していた場所は、神代家や不入谷家に次いで荘厳な牧野家の墓があるところだった。ミョウジが行っている教会の雑務の1つに墓守の仕事があって、その墓はミョウジが毎日丁寧に清掃し、時には花などを手向けていたものでもある。その心尽くしの先にあるものが墓荒しだなんて、酷い話だと宮田は思った。
シャベルを地面へ放った音がした。消えそうな懐中電灯の灯りと、何となく暗闇に慣れた目を頼りに様子を窺う、ミョウジは空の棺の中になにかを隠した。

「求導女や神代の誰かに報告する?」
「…言いませんよ」
「そっか。ありがとう、司郎君は優しいね」

どこか残念そうにミョウジは呟く。報告すれば、宮田の手によって瞬く間にあの世逝きになるに違いないと言うのに、あたかもそれを望んでいたような口ぶりだった。感謝も優しいという言葉も失望めいて聞こえる。明らかな失望を向けられても、宮田は不思議と嫌な気分にはならなかった。むしろ、ミョウジのような村の中で地位を確立しつつある人物が、わざわざ自分だけに悪事を見せつけて罰して欲しがっている、そのことに宮田は全身の血管の中で血がわき立つような感覚に陥った。

「どうして俺に殺されたがる?」
「少し違うかな、司郎君が私を殺したくて殺したくて仕方がなくなるんだよ」
「そこまではしようとは思いませんが」
「だったらまだその時じゃないんだ。だから、今はこの選択がベスト」

殺すこと以外で、宮田がミョウジに与えられる最も重い罰は。地面に転がされていた懐中電灯の灯りは消えていた。

(200619 / )
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