小説
ミョウジナマエが求導師の婚約者だと村に周知した頃だろうか。教会や村の雑務を請け負っていたミョウジが当代の神の花嫁――神代美耶子の世話係を担うことになった。
神代美耶子の世話係といっても、彼女の存在自体がほとんどの村人に認知されていないがために、傍目から見れば多勢の神代家の女中の1人にしか過ぎない。
神代家と教会の決定に表立って異を唱える人間はいなかったものの、求導師の嫁に女中の仕事をさせるのかという反論をささやかながら耳にした。ミョウジがこの村に来てそう長くはないが、村の人間はミョウジに対して好意的だ。

儀式を成功させる上で最も重要な存在である少女。その世話係をミョウジに差し替える。その行為は、求導女がミョウジをこの村の裏側へ本気で取り込む気であることが窺えた。この村の風習に馴染むには、地道に教会や村の雑務をこなすよりもこの方が手っ取り早い。村の裏側を知る宮田にはそのことが良く分かっていた。

ミョウジと関われば厄介事に巻き込まれる、宮田はそんな確信があった。だからこそ宮田は出来うる限り距離を置いていたのだが、ミョウジが神代美那子の世話係になったばかりに、その距離は再び近づくことになる。

教会と神代家の丁度中間辺りの道端では、牧野がミョウジの手を両手で握り締めていて、宮田はその様子をいかにも不快そうな面持ちで見つめた。不安と心配を孕んだ表情をしている牧野とは裏腹に、ミョウジは目の前の人物を安心させるように「大丈夫だよ」と言って笑っていた。
ミョウジが宮田の存在に気が付いて名前を呼ぶと、同時に牧野は目を背けて教会の方へ帰って行く。本当に自分たちは相反する、と宮田は思った。

「司郎君!」
「どうも。何でも例の世話係になったとか」
「久しぶりくらい言って欲しいな。君、私のこと避けていたでしょう」
「さぁ?」
「とぼけてる。これからは神代家でも会うことになるからよろしくね」

宮田は、ミョウジが今の事態をどのように受け止めているのか、またどこまで知らされているのか測りかねていた。神代美耶子の相手をする以上、少女は隠された存在であることは知っているはずだ。であれば、なぜ少女が隠されねばならなかったのか知りたくなるだろう。

「あなたはどこまで知っているのですか」

神の花嫁のこと、儀式のこと、神代家と教会のこと、そして宮田のこと。すべてを知るには十分な時間があった。しかし、すべてを知っているのならこの能天気さはあり得ない。ミョウジはあまりに矛盾していて、その様子に宮田は柄にもなく恐れのようなものを抱く。

「どこまで知っていようが関係ないよ」
「関係ない?そんなわけがないでしょう」
「ううん、関係ないから。大丈夫だよ」

ミョウジの癖なのかもしれない、と宮田は思った。さきほどの牧野との会話のときもそうだった、目の前の人物の不安や恐怖を取り除きたいとき、ミョウジは「大丈夫だよ」と言う。表情だとか声色だとか、多くの要素で安心感を与えようとする。そのやり口を、宮田はよく知っていた。

「“神の花嫁”の世話係をするし、司郎君ともこのままだし。やるべきことをやるだけ」
「やるべきこと、ですか」

ここへ来てからのミョウジは、牧野と会ってからは殊更、求導女の言いなりになっているように見えた。少なくとも宮田がミョウジの意思めいたものを強く感じたのは、この村に来たかったという言葉を漏らしたあの時だけだった。そして今改めてミョウジの心の声を宮田は聞いた。

「そして私もこの村と死んでいく」
「……」
「そのときはよろしくね」

それは、宮田の「どこまで知っているか」という疑問に対する答えだったのかもしれない。ミョウジの「よろしく」という言葉は祈りに似ていた。

(200619 / )
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