小説
公には存在していない神代家の次女、神代美耶子の往診のために、宮田は通い慣れた畦道を歩く。その畦道は農耕機がやっと通れる程度の道幅で、宮田の車では到底通ることはできない。――もっとも、とっくに耕作放棄されていて本来の用途では一切使われていないが。

下手に回り道をするよりも、手前に乗り付けて徒歩で向かった方が結局のところ幾分も近道になる。それはそれで非常に面倒なものだが時間を浪費するよりかはマシである……この考えは神代美耶子の往診と共に宮田司郎に受け継がれたらしい。歩く度に砂ぼこりが起こるのも厭わないで速足にその畦道を突き進む。通常であれば。今日の宮田は歩きはじめて割とすぐに足を止めた。いつもの道に異変があることに気付いたから。

代わり映えのしない田畑ばかりの拓けた景色。そんな場所にぽつんと女が1人立っている。立ち尽くしていたと言った方がしっくりくるかもしれない。その女は、小振りな濃紺のスーツケースを傍らに置いて、地図だと思われる紙を回転させていた。

荷物を携えてこの羽生蛇村に何の用があると言うのだろう。ただの旅行者で済むのなら重畳、しかし隠遁生活に丁度良いと移住を考える者だと面倒だ、宮田はそう思案しながらその女に声を掛けた。

「どうかされましたか」
「!?」

驚いて飛び上がるように地図から顔を上げた女。

「お恥ずかしながら迷子なんです。ここに行きたいんですが」
「教会、ですか」

水色に彩られた指先が地図をなぞった。彼女はわざわざこの村に来て、さらにはあの教会を目指しているらしい。不入谷教会。得体の知れない何かを祀る、この村の根源の詰めこんだような場所。

「私もその近くまで行くので、良かったら一緒に行きましょうか」
「良いんですか?助かります」

舗装されていない道でこの荷物を運ぶのは難儀だろう。持ちますよ、と宮田が言えば遠慮と感謝の言葉が返ってくる。想像よりも軽い荷物だった。

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