小説
自分との会話を切り上げて氷室先生と話すために駆け寄っていたナマエさん。そのことに少なからず衝撃を受けた。2人がひとしきり話す光景を遠目に、でもしっかりと目の当たりにした後、瑞希と一緒にナマエさんと合流した。訳知り顔の瑞希と満足気なナマエさん。疎外感を感じながらもこの場から逃げ出したいとは思えなかった。

「氷室先生とナマエさんってどういう……」

関係……と言葉を続ける前に、俺はナマエさんについてほとんど知らないということに気が付いた。だからナマエさんが氷室先生に対してあんな表情をする意味は分からなくても当然なんだ。ただ仮定はできる。女性があんな表情を見せる理由なんていくつもないから。

「あら?聖司さんは知らなかったかしら。氷室先生はね、私やナマエが高校生の時からこの学校にいらっしゃるの。確かナマエは3年間氷室先生が担任だったわよね?」
「そうそう。それに部活も吹奏楽部だったから本当にお世話になったんだー」
「そう、だったんですか」

そうだというなら。ナマエさんが氷室先生の見つけて追いかけて話しかける理由にはなるだろう。

「そ・れ・に!ナマエはずーっと氷室先生のこと好きだったのよぉ?」
「ちょ、ちょっと瑞希さんっ!」

須藤に茶化されて耳を赤くしているナマエさんはキレイなのに、自分がそうさせたのではないことに絶望した。
同時に俺はあることを自覚してしまった。動揺して冷や汗が流れた。
自分が 何を 自覚したのかもう分かっているはずなのに、急に黙り込んだ俺を心配してナマエさんが「どうかした?」と優しくするのでどうでもよくなった。だって。ナマエさんの瞳の中に自分しかいないのだ。

ああやっぱりよく似ている。心の奥で何かが崩れる音がした。それすら知らん振りをして取り繕うように笑った俺は、この瞬間最低な男に成り下がった。

(130410/)
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