小説
文化祭二日目。あとどなく校内を散策していると、前方の人込みの中から見知った女性が現れた。その女性はよく通る甲高い声で迷いなく俺の名前を呼んだ。

「あらぁ!聖司さんじゃなくって?」
「ゲッ」
「久しぶりの瑞希を見てなんて声出すのよ!?」
「……すみません思わず」
「それにあなた何でそんな格好してるの?執事みたいなお洋服だわ?」
「これはッ……別に」
「まぁいいわ。ナマエ!もうナマエったらぁ!」

……ナマエさんまできているのか。ナマエさんとは須藤瑞希の高校以来の親友のことだ。何がよくてあの瑞希と仲良くしていたのか謎だったが、その交友は未だに続いていたようで謎は深まるばかりである。というかナマエさんにこの格好を見られるというのか……!そんなの生き恥でしかない。なぜならナマエさんは俺の、

「はいはいどうしたの瑞希さん。クレープ他のにする?」
「もぉ!この子が見えないの!?聖司さんよ、何度も会ったことあるでしょ!」
「…聖司さんって……え!あの聖司くん!?」

瑞希の言葉に瞠目したナマエさんをじっと見つめる。覚えていてくれたのか。昔に何度も顔を合わせたことがあったとはいえ、取るに足らない年下の男を。たったそれだけのことなのに心が浮き立った。この人は昔からそうなのだ。些細なことで人の心を良いようにも悪いようにも動かす。

ナマエさんは記憶にあるよりも小さかった。俺の背が伸びただけの話だが、届くわけないと見上げるばかりだったあの頃とは違ってただただ感慨深い。あとすごく大人っぽくなったと思う。肩より上だった髪はすっかり長くなり、ほんのりと化粧を施している。最後に見た高校生の姿の彼女とギャップがあるせいで何となく気恥ずかしさがあった。正直どんな顔をしていいか分からない。

「久しぶり聖司くん。大きくなったね?……今はえーと3年生?」
「そうですよ」
「いいなぁ高校生!まだまだ若い!まぁ最後に会ったのが小学生の頃だもんね」

若いという言葉に引っかかりを覚えたものの、ナマエさんがにこにこと昔と変わらない笑顔で見上げてくるから力が抜けた。悪気がないことも昔を懐かしんでくれていることも伝わっているし、正直言動なんてもはやどうでも良いのだ。ナマエさんが俺に笑いかけていること、ナマエさんの笑顔をこの角度で見つめることができていること、それらの実感があることの方が今この瞬間の俺にとってはよっぽど重要だった。

すべての負の感情を浄化してくれるような、この安心させてくれるナマエさんの笑顔はどこかアイツと重なる。そう思ったのだけど、よくよく考えてみるとそれは微妙に思い違いで、正しくはアイツの笑顔の方がナマエさんに似ているんだ。なぜならナマエさんは俺の初恋の女性で、アイツよりもずっと前に出逢っていたのだから。

その事実は思いのほか強く、取り返しがつかないほどに俺の心を貫いたようだった。

(130402/)
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