ネタ
twst まことの名@

女監督生

――ぴんぽんぱんぽん、ご来店中のお客様に迷子のお知らせをいたします。

そのアナウンスの迷子とは当時3歳だった私で、内向的な性格をしていたせいか、優しい店員さん相手にもうまく受け答えができずただただ泣いていた。
質問はどこからきたの?ここへは誰ときたのかな?何歳?お名前は?そんな必要最小限。後半につれて答えやすい質問になっていったのだけど、結局まともに答えられたのは、誕生日を迎えたばかりで特に印象に残っていた年齢と、毎日家族から呼ばれている”ユウ”という名前を略した愛称だけ。

少しだけ状況が似ているからだろうか、そんな古い記憶と紐づいた。ちゃんと答えられなくてもあの時はお迎えがきたのにな。
異世界からきました、一人できました、年齢は16歳になりました、名前は……。
あ、でも迷子のアナウンスに名前は必要ないか。

「汝の名を告げよ」
「ななし」
「……まことの名を告げよ」
「おだのぶながとよとみひでよしとくがわいえやす」
「……ま、こ、と、の名を告げよ」
「めっちゃ名前聞きたがるじゃん……こわ」

迷いこんだ異世界では名前は知られちゃいけないって相場が決まってるんだよ。
ここが異世界ってことも目の前で見せられた魔法が本物だってことも、これが現実だってことだってもう疑っていないのに、なぜかわずかな猜疑心を抑えられずにいる。

ただ名乗らないことにはどうにもはじまらないということもひしひしと伝わってくる。
いくつか鏡の検閲をくぐれそうな名前を試してみるが全部ダメ。
テキトーに作った名前はもちろん、記憶の中に刻まれている歴史上の人物や漫画のキャラクターの名前も、よく使っていたインターネット上のHNも。
HNは自分を指す名前ではあるからワンチャンいけるか?と思ったんだけど。
自分の”名前”と認識していることが重要なのか……?確かにHNは名前というよりアイコン化していた気はする。
そこで、ついさっき脳内をかけめぐった迷子アナウンスを思い出した。

「あー、じゃあ……”ユウ”」
「良かろう」
「ちゃんと名前があるんじゃないですか、いたずらに時間を使ってまったく!」
「……すみません、なんか頭が混乱してて」

それは嘘ではない。このよく分からない状況に頭は混乱しているしなんなら頭痛までしている。
頭に手を伸ばすとフードを被らされていた。フードなんて普段は被らない。

――ぴんぽんぱんぽん、異世界のみなさまに迷子のお知らせをいたします。
黒いマント黒いズボン、黒いブーツをお召しになった16歳の女の子が、
魔法士養成学校NRCでお待ちです。
お心当たりの方はNRC鏡の間までお越しください。

今では全部答えられるのに。いくら待っても迎えはこなかった。


2023/09/07
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