ネタ
twst ナニカくん@

男主/ラギーと

#名前#はいつも無表情だ。口角が上がることも眉を潜めることもない。
何事にも一切動じることのない表情は周りを委縮させたり感じが悪いと距離をとられそうなものだが彼の場合はそうでもなかったりする。
というのも、彼の無表情は周りへの拒絶でも威嚇でもなく単純な彼の個性で、それを周りが理解しているから。一般男子高校生程度のおしゃべりはできたし、人間関係を円滑にするための気遣いはある程度備わっていたので、彼を第一印象で判断しなければ、そして無表情と気安い口調の落差についていけるのであれば、特段嫌う要素もないだろう。
それに、

「うんまぁー」

ビビビビッ!!
つっ立つようにツンッと天井に向かって伸びたナニカ。それは彼の脳天から生えていて、一見髪の一部のように見える。
基本的に人間からは髪の一部と認知されており、それ以外からは貧弱すぎる角、ツイステ外生命体との交信用アンテナ等様々な解釈をされていたが、最も過剰反応しているのが人魚族の連中で「あれは誘引突起の類では!?……っ逃げろ!! 」と彼らにだけは拒否られることが多い。
彼は今、食堂の端っこにて普通に自作の節約サンドイッチをもっふもっふ頬張っているのだが、こうやって美味しい物を食べているときのように何らかの衝撃を受け、感情が大きく動いた際には彼の脳天のナニカが電撃を受けたようにビリビリと打ち震えるのだ。
このナニカこそ#名前#の死滅した表情筋を補う感情のバロメータとなっていて、周りはこのナニカの具合で#名前#の喜びの意、哀しみの意、楽しみの意を確認していた。怒りの意は誰も見たことがないので、見た目に反して内面は相当穏やかな人柄であると認識されている。

「はぁ〜〜食い物で久々に震えたわぁ」

いや今朝もフツーにレトルトのコーンスープで震えとったが?と同寮生は心の中で思う。食事に関しては割と軽率に打ち震えている。#名前#は指先についたサンドイッチのソースを舐め取り、洗浄魔法をかけたところで後ろから声をかけられた。

「大丈夫っそうすね……#名前#くん#名前#くん」
「ラギーくん!やっと来たあ、もう〜〜一個食べきっちったじゃん」
「ごめんって。で?1つくれるんでしょ?」
「そのつもり〜〜〜はい、どうぞ!」
「あんがと!」
「俺ももういっこ食べよ〜〜」

バスケットから残りのサンドイッチ2つを取り出し、1つをラギーに手渡す。

「お、けっこう上手できてるッスね?うまいうまい」
「ホント?良かったあ。ラギーくんにこないだ教えてもらったレシピ集見て作ったんだけど、あれ大正解」

(こんなレシピあったッスかね……?)ラギーは確かに#名前#にレシピ本を渡した気がしたのだけど、そこにこんな厚焼き玉子のレシピが載っていた記憶はなかった。サンドイッチの断面を見ながら、あの本の何を参考に仕上げたのか思案する。クズ野菜と申し訳程度の肉の切れ端を入れた厚焼き玉子を、オイスターソースや少量のはちみつ諸々で作ったと思われるてりやきソースで味付けて激安食パンに挟んだサンドイッチ。味は悪くなく、何分ソースが激うまなのでそこらの雑草でもう美味しく頂けそうなお味。
あの本に乗っていた卵料理といえば……。そこから、「あ。スパニッシュオムレツが原型だわ」と思い至る。まあ食えれば良いし、それがうまけりゃなおさら良い。ラギーは深く考えないことにした。

「けっこう使えるレシピあるッスよね」
「そそ。しかも超簡単だし。自分でうまいもん作れるっていいもんだね」
「#名前#くん応用効くみたいだし?料理向いてるかもしんないっスね」
「そうかなあ」

ラギーの中にはこのまま#名前#が料理にハマればご相伴にあずかれるかもしれないという打算もなくはなかったが。身につけておいて損にならない、料理とはそういう技能の1つだ。料理でも何でもいいから身につけて、何となく生きづらい人生を歩んでいるであろうこの友人には少しでもマシな生き方をしてもらいたいと思っていた。

「……昨日、大量にドーナツ揚げたんスけど、良かった1つどう?」
「良いの!?わぁいラギーくんのドーナツ久しぶりだなあ。うれしー、今食べちゃお」
「どぞどぞ」
「んもう〜〜レシピのお礼のつもりだったのにまたお礼しなきゃじゃ〜〜ん!いただきまーす」

ラギー・ブッチが他人へ自身の食料を分け与えることはそう多くない。少なくとも#名前#相手以外にそうしているところをこの学園内で見たものはいない。そのラギー曰く、#名前#のハングリー精神(直喩)はスラム育ちの自分ですら同情を禁じ得ないものがあるのだという。
ラギーはたしかに食い意地は張っているが腐ったものを嫌う、できるなら遠慮願いたいというごく一般的な感覚を持っている。
しかしこの#名前#という男はたとえ食事が腐っていようが毒が混ざっていようが気にせず食ってしまう。入学当初、キャラが知れ渡る前の#名前#は無表情で誤解されやすく、さらに今後留年や退学して消えていくであろう素行の悪い生徒たちが揃い踏みで、そういった食べ物の細工をされる類の悪戯を受けている時期があったのだ。
食べられれば何でも良い、すべての食事に感謝を!一種の味覚音痴でもあったのかもしれないが、そうならざるを得ない環境で育ったのだと勘のいい者たちは想像した。

それ以来、一部の生徒からおいしいもので餌付けられるようになり、今回のラギーのドーナツもそれの一環であると言える。表情を変えず基本的に何でもおいしいと評価するので作り甲斐がないように思われるかもしれないが、脳天のナニカのおかげでそういう心配も無用だった。ナニカの伸びの良さは美味さの指標、ビリビリの激しさは驚きの度合い、そして食後に訪れるリズミカルな横揺れは満足感の表れ。食後のナニカの観察は、それの雄弁さに感づいた者たちのひそかな楽しみになっていた。

もふもふと口いっぱいにして食べる姿は、入学当時ほどではないものの必死さが滲む。ラギーの目は懐かしいものを見るようなソレだった。弟分たちもこんなんだったなって。

「わはぁ相変わらず超うんまぁい。ラギーくん天才」
「シシッそりゃ良かった。また作ったら持ってくるッス」

マイペースな声色だが、表情は依然として変化しない。ただ、脳天のナニカがルンルンと左右にリズムを取っているので今の#名前#の感情は間違いなくご機嫌だった。ラギーは#名前#のナニカの変調を楽しめる側の人間だったので、それを見とめて内心ガッツポーズした。午後の授業に備えて食堂で別れた後、ラギーは空になった袋を畳みながら先ほどの#名前#の様子を思い出す。
(そういや#名前#くん、オレの前でもあれやらなくなったッスね)食べ終わった後、#名前#はよく指先を舐める。本人は直そうとしているようで、人前ではほぼほぼ見せなくなった癖。彼はいつも手袋をしているが食事の際は必ず外す。何分彼の食事風景は必死そうなので手を汚すことが多いのだ。行儀が悪いと言う人間もいるだろうが、スラム育ちのラギーとしては彼の食べられるものはギリギリまで頂く精神は好ましい。
それに、普段は念入りに手袋に隠れている素肌も、その指先を舐める#名前#の舌も、何と言えばいいのか。見るものに妙な気を起こさせる得体の知れない蠱惑があるのだ。(いやいや、なぁーに考えてんの)


2022/11/10
- ナノ -