▼ Geminids
『今からK公園に』
愛想もなにもあったもんじゃない、用件だけを簡潔に告げたメールの文面。
夕食もとうに終わり、これから風呂にでも入ろうかとした時分であった。
電子音が部屋に鳴り響いたかと思えば、その表示には、顔を合わせれば口げんかが当たり前の先輩の名前。
珍しい、と即座にメールを開いてみれば、これだ。無機質な文字列は、文面以外の何も語ってはくれない。
孫兵は、ひとつため息をつく。
今からメールを送って返信を待つよりも、直接行ってみるほうが早い。
それにしても、なんだろう。
この先輩が、自分から連絡を寄越すことだって珍しいのに、この時間帯だ。
またいつもの気まぐれならばいいのだけれど。
少しだけ浮かんだ嫌な想像を打ち消すように、自転車に飛び乗った。
12月も半ばを迎えた夜は、ひんやりと冷たい空気に包まれている。
*
「田村先輩!」
その人は一人、夜の公園で石柱に腰掛けて空を見上げていた。
呼びかけた声に振り向き、孫兵の姿を見ると、へにゃりと笑って見せる。
「や、伊賀崎」
ひとまずは何事もなかったのだと分かり安堵のため息をついた。
まったくこの人は。ひとが心配したというのに。
安心の次は、少しずつ苛立ちがこみ上げてきた。
「や、じゃないですよ先輩、今何時だと思ってるんですか」
「悪いと思ってるって」
「そういう問題ではなくてですね……」
まったく、この先輩ときたら酷く無自覚なのだ。
ふう、と本日何回目かのため息をついて、軽く睨み付けてやった。
三木ヱ門は孫兵が怒っているのだとようやく気づいたようで、口角を下げてゆく。
「先輩、分かってますか……、今の先輩は女子なんですよ」
「……うん」
一気にしょげてしまったようで、小さく頷いた。
別に、反省してくれるのなら構わないのだけれど。
何だか自分のほうが酷いことをしてしまったみたいで、心持ちが悪い。
「心配、させないでください」
「ごめん……」
どうしても来たかったなら、一緒に……、とそっぽを向きながら呟くと、三木ヱ門はぱっと笑った。
かわいい、だなんて思ってしまうのは、ちょっと癪だ。
昔から表情はくるくると変わる人だったけれど、こんなに素直に笑顔を向けてくれるようになったのは、いつからだろう。
孫兵は、ふっと笑みを浮かべた。
「それで、今日は一体どうしたんですか」
「あれ、星」
三木ヱ門が指差す先には、綺麗に瞬く星空があった。
この人は、昔から星を眺めることが好きだったようだけれど、今では随分と星に詳しくもなっているようで。
「オリオン座ですか」
この星なら、あまり星座に明るくない孫兵でも知っていた。
けれど、三木ヱ門はううんとかぶりを振る。
もう少し、こっちの方なんだ、と指を左に向けた。
「縦に並んでる明るい星、あれがこいぬ座。で、もう少し左にいくとふたご座」
どこか嬉しそうに、三木ヱ門は説明する。
何でだろう。こんなに沢山の星が煌いているのに。
今、こうして指した星が同じものだと、僕たちは同じ星を見ているんだと分かるのは――……、
それでも、確かに二人は同じ星を見ているのだろう。
「今日、双子座流星群、見られるんだ」
三木ヱ門が言う。
そういえば、テレビで言っているのを少し聞いたかもしれない。
再び空へ目を向ける。けれど、一向にそれらしきものは見当たらない。
「さっき見えた気がするんだけどな、そのうち――」
言いかけた瞬間だった。
「「あ、」」
二人の声が交わる。
す、と音も立てずに、それは流れた。
「願い事、する暇ありませんでしたね」
「一瞬だからな……、お前なんかも願うことあるのか」
「まあ、それなりには」
流石はロマンチスト、とからかうような口調で言う。
そんなつもりは毛頭ないのだけれど。
まあいいか、と反論は押し留めておく。
「今日は、月、出てないな」
「そうですね……、昔の月は、今よりもっと大きかったような気がしますよね」
「そうだな」
「それに、とても明るくて、眩しかった」
「そうだな」
「でも……、」
なんだよ、と三木ヱ門が一瞬くるりとこちらを向く。
薄い色をした髪がさらりと肩から落ちる。
「星だけでも、眩しいですね」
「……うん」
素直に頷く先輩は、いつもとは少し、違った雰囲気で。
少しだけ上を向くと、ゆっくりと目蓋を下ろす。
孫兵も、同じように瞳を伏せると、三木ヱ門の顔を覆うようにして近づいた。
ほんの少し、唇が触れる。
外気にしばらく晒されていたそこは、互いに冷たかったけれど、合わせればほんのりと温かかった。
「伊賀崎」
名前を呼んだ先輩に、なんですか、と振り向くと、その手が重ねられる。
寒い、と呟いてそっぽを向いた先輩はやはり素直になり切れていない様子。
それでも絡めた指先を解けないのは、この寒い季節のせいだけではないようだった――
Geminids―2012/12/13―
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