君の温度

 庭をふらふらと当てもなく散歩していたときのこと。
 三木ヱ門が熱を出して寝込んでいるらしい、という噂を偶然耳にした。
 なんとかは風邪を引かないとよく言ったものだけれど。孫兵は揶揄するように内心で呟く。
 所属している会計委員会は連日徹夜だし、ああ見えてあの人は真面目なところがあるから、気を張りすぎたのが祟ったのだろう。ただの風邪ならすぐに治るのだろうが、やはり心配ではあった。いつもはうるさいくらいのあの先輩が元気をなくしているのかと思うと、何だか妙な気持ちになる。
 少し、様子を見にいくだけ。孫兵は、長屋の屋根裏に忍び込むことにしたのだった。





 この時間帯だからか、案外誰にも気付かれずに入り込むことができた。学園の長屋だから、迷うこともない。
 そうして覗いた目当ての部屋では、三木ヱ門がひとり眠っているようである。規則的な呼吸に、布団が上下していた。枕元には誰かが運んできたのだろう、粥を食べたあとの碗や濡らした布が置いてある。
 他に誰もいないこの部屋が、やけに広く感じて、孫兵はすとんと降り立った。同室のいない代わりに、沢山の火器が置かれているこの部屋。彼がいつも連れている索引式のそれに、そっと触れる。当然のように石火矢の肌はとても冷たくて、ふるりと肩を震わせた。

「冷たい火器とひとり寝は、寂しいでしょう」

 思わず呟いたその言葉。きっとこれ以上の温度など、知りはしないのだろう。孫兵が布団に片手を置くと、もぞりとそれが動く。驚いてそちらを見れば、すっかり眠っていると思っていた人がこちらを見つめていた。

「冷たいけれど、ほんとは……触れたら、火傷するくらい、あつくて……」

 布団に顔をうずめたまま、三木ヱ門は途切れ途切れに呟いた。
 起き抜けだからか、はたまた熱のせいか。ほやほやと夢心地のような瞳から、少しも目が離せない。

「だから、好きなんだ」

 とくんと胸が鳴った。
 熱を持って潤んだそのまなざしが、まるでこちらに告白をしているようだったから。
 ねえ、都合よく勘違いをしてしまっても構いませんか。心のなかで問いかける。見つめるその艶やかな色に、酔いしれてしまいそうだった。
 それなのに、三木ヱ門は、ばっと頭まで布団をかぶってしまった。あまりに突然だったので、驚いて「どうしたんですか」と問えば、その中からくぐもった声が答える。

「あとで風邪がうつったとか文句言われても困るからな」

 孫兵はくすくすと笑った。
 言い方こそ素直じゃないけれど、こちらのことを気にかけてくれたらしい。なんてかわいらしいんだろう。熱のせいか平常よりも少しばかり大人しい言い方も、どこか愛おしかった。

「そんなこと言いませんから……顔、見せてください」

 下手に出たお願いに、しばらくして、おずおずと目元まで布団が下げられる。やはり風邪がうつることを気にしているらしいが、それでも十分だった。
 孫兵は手を額にあてる。そこはとても熱く、三木ヱ門はそっと瞳を閉じて、言う。

「……冷たくて、気持ちいい」

 心地がよさそうに言ってくれるのが嬉しかった。普段から手のひらが冷たいほうで良かった、と思う。このあつい熱を、少しでも分けあえたのなら。
 どれほどそうしていただろう。気がつけば、三木ヱ門は瞳を閉じたまま、再び眠りに落ちたようだった。すー、すー、とやわらかい寝息が聞こえている。少しは額の熱もとれたようだ。良かったと孫兵は身を起こす。

「早く、いつものうるさい先輩が見たいです」

 そう言って、額に優しく口付けを落とした。

 きっと、明日の君の温度はあたたかいものに変わっているだろうから。



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