続・君の温度

くしゅん、と長屋の中に乾いたくしゃみの音が響いた。

「だから言っただろ、うつるって」

 呆れたような顔を見せる三木ヱ門。その傍らでは、孫兵が布団に身を埋めていた。
 どうやら三木ヱ門を見舞いに訪ねた日、本当に風邪がうつってしまったようで。思っていたよりも辛いその症状に、孫兵は気怠げに答えた。

「いいでしょう、こちらが構わないと言ったんですから」

 でも、先輩がきてくれるとは思いませんでした。そう言って、ちらりと視線をやる。
 三木ヱ門はうろうろと視線を逸らすと、まるで言い訳でもするかのようにいう。

「すっ、少しは悪いと思っただけだ!」

「だから気にしなくていいんですって」

 頬を真っ赤にして慌てる態が可愛らしく、思わず笑みを浮かべる。
 やっぱり素直じゃないけれど、目の前で好いた証を見せ付けられているようなものだ。自分にだけ見せるこの証が、どうしようもなく嬉しい。
 そんなことを思っていたら、身体のだるさなどすっかり忘れていた。そっぽを向いたままの三木ヱ門に、孫兵は素直な感想を漏らす。

「……可愛い」

「いいから、メシ食って寝ろ阿呆!」

 相変わらず視線は逸らせたまま、ずずいと碗が突きつけられた。中は白粥かと思えば、少し黄味の混じったたまご粥である。

「これ……、もしかして先輩が作ったんですか」

 ぴくりと肩が跳ね、図星なのだとこちらに教えてくれる。なんで分かったんだよ、と言いたげにこちらを睨む瞳。なんとなく、と答えると、耳まで真っ赤に染まった。

「白粥だけじゃ飽きるだろ」

 だからと言って、食堂を借りてわざわざひと手間かけてくれたのかと思うと、冥利に尽きるというものだ。
 礼を言ってから、孫兵はゆっくりと上体を起こす。久方ぶりに頭をあげたので、ずきずきと痛む。
 あいた腕で碗を受け取ろうとして、その手を止めた。

「食べられません」

「はぁ!?」

 この私がわざわざ作ってやったのに食べられないというのか、これでも真面目に作ったんだぞ。三木ヱ門は頬を膨らして喚き立てる。
 孫兵は「いえ」とそれを制した。

「そうではなく、節々が痛くて……」

 三木ヱ門はきょとんと首を傾げた。自分のときは、だるさはあったけれど節々が痛むなんてなかったな。同じ風邪でも、人によって症状は違うんだろうか。
 そう結論づけて、仕方ないなと匙をとる。掬った粥に、ふーふーと息をかけて口元に差し出した。

「ほら」

「ありがとうございます」

 孫兵は、にこにこと嬉しそうに粥を口にする。
 本当に痛むのか怪しいものだ。三木ヱ門は眉を寄せながらも、次々と粥を運んでやった。あまりに嬉々としているから、これも悪くないかと思える。
 そのうちに碗の中は空になって、孫兵はご馳走さまでした、と言う。

「意外と、おいしかったですよ」

「当たり前だ!感謝しろよ」

 全く手間のかかる、と三木ヱ門は毒づいた。碗を置いて、ぱんぱんと両手を打つ。「悪いと思ったからきた」なんて、すっかり忘れているようである。
 孫兵はちらと横目で三木ヱ門を見る。そうして、唐突に腕を伸ばし、油断した身体を絡めとるように引き寄せた。「ひゃっ!?」と甲高い声があがるが、無視してその肩に顔を埋める。

「お、お前、急になに……」

「僕、先輩と違って、風邪をひくと寒気がするんです。だから、布団のなかにいても寒くて……」

 でもこうしていると、ぬくいです。
 とくん、とくん、と聞こえる鼓動が少しだけ速くなる。あたたかい温度も、ちょっぴり熱くなったように思えた。

「先輩からもらった風邪だから、もううつりませんよね?」

「う、うん……?」

「じゃあ、ここ」

 孫兵は絡めた腕を外すと、ぽんぽんと布団の隣を優しく叩いた。

「寒いから、今夜だけ」

 三木ヱ門は再び、うろちょろと視線をさまよわせた。答えはなかったけれど、仕方ないなとでも言うように、唇を尖らせて布団に手をかける。
 孫兵は、気づかれないようにそっと口角をあげた。隣に感じるぬくもりは、ぽかぽかとして心地がよかった。まるで、日なたで遊ぶ子どもの体温のよう。
 気恥ずかしいのか、背を向けたままの三木ヱ門。探ったその手を取れば、向こうから指を絡めてくる。
 やはり、少しは優しくしてくれているのだろうか。素直じゃなくて分かりにくいそれだけど、そんな先輩が大好きです。内心で言ったそれが伝わったのかどうか、絡めた指が少しだけ強く握られる。

 触れたこの温度に、今宵はきっと甘い夢が見られるのだろう。
 孫兵はゆっくりと目蓋をおろした。


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