変わらない、僕たち。


雲ひとつない、青空だった。

こんな日はよく散歩をしていたっけ。 
――ああ、いい朝だなあ。
 
 三木ヱ門は、うんと伸びをした。
普段は淑やかにするよう努めているけれど、こんな朝くらいは、と一人くすくす笑う。
あんまり演技が上手すぎるからだろうか。
村の人たちは、みんな“静かで可愛いお嫁さん”だなんて言うんだから。

戸口に腰掛けて浮いた足をぷらぷらと楽しげに遊ばせていると。

「あ、おはようございます」

身支度が終わったらしく、降りてきた孫兵が挨拶をする。

三木ヱ門は「ん」と短く応え、再び前に向き直った。
まるで隠れて遊んでいたところを見つかったようで、気恥ずかしかったのだ。
少し、頬も赤くなっているかもしれなかった。

孫兵は特に気に留めなかったようで、後ろから腕を回すようにして指を差し出した。

「……それ、」

「なんだよ」

「なんか懐かしくなっちゃって、先輩の女装姿」

「今だって、毎日見てるだろ」

彼の言葉の意味が分からずに、言ってやると、違うんですよ、と笑う。
何がと聞いても、ただ笑うばかりで。


 なんだか、ひさしぶりに。
 
――悔しい、なんて思わされて。

懐かしいなんて全然思ってないんだからな、と自分に言い訳をする。
こういうのが、何か嬉しいなんて。言えるわけない。


いいから早く言えよ、と急かしてやると、

「先輩の、昔……」

おぼえてますか、と囁く言葉に、耳が熱くなる。


「女装実習のとき、大股開いて……、しかも石火矢なんか引き連れて歩いて……」

 そうだ。思い出した。
 
 あの時は運悪く――……、まあ、今は毎日その姿を見せているわけだが。
運悪く、孫兵に見つかって「そんな女がどこにいるんですか」なあんて、馬鹿にされて。
あの時も喧嘩になったんだっけ。

思い出したら、急に恥ずかしくなってくる。


「それを言うなら私だって、知ってるんだからな!」

「なんですか、急に」

「お前なんてジュンコ連れて、そんな女がどこにいるんだって、どっちの台詞だよ!」

「まさか、見てたんですか!?」


 ああ、見られてたなんて、と頭を抱える孫兵に、してやったりと胸を張る。
けれど……完璧にただの美人にしか見えなくて、影でこっそり負けたと思わされたことは言わないでおこう。
それが悔しくて、あの時はわざわざ黙っていたのだから。

現在女装をしている身としては、未だに悔しいのだけれど。


ようやく立ち直ったらしい孫兵が、何やらこちらを見上げている。
その口元はにんまり、と笑っていて。
何だかよからぬ予感。

顔をゆっくりと首元に寄せてくる。

「な、なに」

「先輩に教えてないことがありました」


 ああ、もう。
 
あんまり顔を近づけないでほしいのに。

さっきから、何だか恥ずかしくて、どきどきして。
熱くて、くすぐったいから、知られたらどんなにからかわれるか。


思わず目蓋をぎゅっと閉じた。
 
 ――なに、いわれるんだろう。

どきどき、と心臓の音が聞こえる。
それが向こうにまで聞こえてしまいそうで、恥ずかしい。

早く、早く。

待つ言葉を期待した耳に。ふっ、と息が吹き込まれた。

「……ひゃっ!」

思わず、上擦った声が飛び出して。


「おま、何すんだよ馬鹿っ!」

手を振り上げて、振り向いたその時。

「先輩は可愛いですよ」

あの頃から、ね?と笑うように耳元に囁かれた言葉。


かあっと身体が熱くなる。

 ああ、そういうお前は。

本当に昔から変わらない――……、


「生意気な、後輩」

呟くように言ってやった。


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