▼ 変わらない、僕たち。
雲ひとつない、青空だった。
こんな日はよく散歩をしていたっけ。
――ああ、いい朝だなあ。
三木ヱ門は、うんと伸びをした。
普段は淑やかにするよう努めているけれど、こんな朝くらいは、と一人くすくす笑う。
あんまり演技が上手すぎるからだろうか。
村の人たちは、みんな“静かで可愛いお嫁さん”だなんて言うんだから。
戸口に腰掛けて浮いた足をぷらぷらと楽しげに遊ばせていると。
「あ、おはようございます」
身支度が終わったらしく、降りてきた孫兵が挨拶をする。
三木ヱ門は「ん」と短く応え、再び前に向き直った。
まるで隠れて遊んでいたところを見つかったようで、気恥ずかしかったのだ。
少し、頬も赤くなっているかもしれなかった。
孫兵は特に気に留めなかったようで、後ろから腕を回すようにして指を差し出した。
「……それ、」
「なんだよ」
「なんか懐かしくなっちゃって、先輩の女装姿」
「今だって、毎日見てるだろ」
彼の言葉の意味が分からずに、言ってやると、違うんですよ、と笑う。
何がと聞いても、ただ笑うばかりで。
なんだか、ひさしぶりに。
――悔しい、なんて思わされて。
懐かしいなんて全然思ってないんだからな、と自分に言い訳をする。
こういうのが、何か嬉しいなんて。言えるわけない。
いいから早く言えよ、と急かしてやると、
「先輩の、昔……」
おぼえてますか、と囁く言葉に、耳が熱くなる。
「女装実習のとき、大股開いて……、しかも石火矢なんか引き連れて歩いて……」
そうだ。思い出した。
あの時は運悪く――……、まあ、今は毎日その姿を見せているわけだが。
運悪く、孫兵に見つかって「そんな女がどこにいるんですか」なあんて、馬鹿にされて。
あの時も喧嘩になったんだっけ。
思い出したら、急に恥ずかしくなってくる。
「それを言うなら私だって、知ってるんだからな!」
「なんですか、急に」
「お前なんてジュンコ連れて、そんな女がどこにいるんだって、どっちの台詞だよ!」
「まさか、見てたんですか!?」
ああ、見られてたなんて、と頭を抱える孫兵に、してやったりと胸を張る。
けれど……完璧にただの美人にしか見えなくて、影でこっそり負けたと思わされたことは言わないでおこう。
それが悔しくて、あの時はわざわざ黙っていたのだから。
現在女装をしている身としては、未だに悔しいのだけれど。
ようやく立ち直ったらしい孫兵が、何やらこちらを見上げている。
その口元はにんまり、と笑っていて。
何だかよからぬ予感。
顔をゆっくりと首元に寄せてくる。
「な、なに」
「先輩に教えてないことがありました」
ああ、もう。
あんまり顔を近づけないでほしいのに。
さっきから、何だか恥ずかしくて、どきどきして。
熱くて、くすぐったいから、知られたらどんなにからかわれるか。
思わず目蓋をぎゅっと閉じた。
――なに、いわれるんだろう。
どきどき、と心臓の音が聞こえる。
それが向こうにまで聞こえてしまいそうで、恥ずかしい。
早く、早く。
待つ言葉を期待した耳に。ふっ、と息が吹き込まれた。
「……ひゃっ!」
思わず、上擦った声が飛び出して。
「おま、何すんだよ馬鹿っ!」
手を振り上げて、振り向いたその時。
「先輩は可愛いですよ」
あの頃から、ね?と笑うように耳元に囁かれた言葉。
かあっと身体が熱くなる。
ああ、そういうお前は。
本当に昔から変わらない――……、
「生意気な、後輩」
呟くように言ってやった。
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