魔法を解いて!

 これ、なんだろう。

 三木ヱ門は池の水面を見つめてぼんやりと思う。もちろん、そこにうつるのはいつもの自分の姿――、ではなく。
 頭巾をしゅるりと解いてみる。すると現れたのは、明るい髪の色とよく似た毛色。まるで猫のような耳がそこにあった。それに、背中越しにちらちらと行き来しているものがある。細長くふさふさとしている。これもまた、猫の尾のように見えた。

「ねこ……?」

 思わずぽつりと呟く。頭に手を乗せてみれば、確かにそれらしい感触がする。それ以外は何も変わりがないのに、猫の耳と尾がついているようだったのだ。
 どうしよう、こんな姿を誰かに見られたら。三木ヱ門はそろそろと人気の少ない場所を求めて裏庭へ移動した。ようやっと日陰にすとんと腰を下ろす。ここならば、日中と言えどもあまり人は近寄らない。はあ、とため息をつく。さて、これからどうしたものかと頭にもう一度手を伸ばした時だった。

「田村……、先輩?」

「あ、」

 くるりと振り向けば、草を盛った籠を手にした後輩、伊賀崎孫兵の姿がそこにあった。すっかり失念していた。こんな陰気な場所にもわざわざ足を運ぶ変わり者のことを。しかしながら、よりにもよって見られたのがこいつとは。
 孫兵は目を丸くしてこちらを見ている。当然だ。こんな格好を見たら誰でも驚く。少なくとも、これが他人にも見える類のものだということは分かった。

「先輩、なんですかそれ……」

「知らん。気がついたらこうなってたんだ」

「……猫のようですね」

 先ほど三木ヱ門が抱いた感想を口にする。三木ヱ門は面白くない、と言わんばかりにぷいとそっぽを向いた。横目に捉えた孫兵は、驚くくらい冷静に戻っていて、まっすぐにこちらを見つめている。

「それ、見せてもらえますか」

「嫌だ」

「生物に関しては少し知識があります、なんとか出来るかも分かりません」

 本当だろうか。疑わしいと思いながらも、微かな希望に使われていない生物小屋までついてきてしまった。そこは狭いためか、長く使われていないらしく、掃除用具置き場と化しているようだった。
 孫兵は、少し待っていてください、と言うと籠を持って行ってしまう。大方、隣の小屋の毒虫たちに餌でもやりにいったのだろう。こんなときまで冷静に毒虫か、と三木ヱ門はまた面白くない。
 しかし、数分とたたずに扉は開かれた。

「すみません」

 その声とともに、カチリと錠のかけられる音がする。こんなところを人に見られるわけにはいかないと気を使ったのだろう。
 孫兵は座り込んだ三木ヱ門に近寄ると、「失礼します」と断りを入れた。そうして、いきなり頭の上に触れる。思わずぴくりと耳が動くのが分かった。しばらくじろじろと眺めたりそっと触れたりを繰り返している。が、突然何を思ったのか、覆い被さるようにして口を近づけると、そこにかぷりと歯を立てた。

「あっ…」

 痛い、と思わず声をあげる。耳もぺたんと折れてしまっているのに、孫兵は構わずにそこを幾度も柔らかく噛んだ。

「や、痛い……、やめ、」

 両手で押しのけるようにすると、ようやく聞き入れてくれたのか、身体が離される。耳は唾液でしっとりと濡れてしまっていた。
 孫兵はさして気にした様子もなく、口元に手を当てると、なるほど、と呟く。

「こちらの神経は通っているようです」

「噛まなくても分かるだろ!」

「どこまで本物なのか確かめないと」

 そう言うと、孫兵は唐突に身体を押した。枯れ草が敷いてはあるが、地面にそのまま寝ころばされる。

「おい、お前なに……」

「ですから、診るんです」

 孫兵は迷いなく三木ヱ門の帯を緩めていくと、袴を足元までずらしてしまう。おかげで、先端が覗いていただけだった長い尻尾がすべて露わになってしまった。根本から先端まで、するりと撫でつけられて背が粟立つ。

「んあっ……、それ嫌っ、」

「猫って尻尾嫌がりますもんね、どうしてでしょう……どういう感じですか?」

 畜生、完全に面白がっているだけじゃないか。文句を言いたいけれど、身体は言うことを聞いてくれない。それどころか、幾分か素直になってしまっているようで。

「知らな…っ、けど、や、……へんだ、」

 さわさわと撫で続ける手から逃れようと、くいと身を捩った。身体を横向きにして、背を逸らす。すると、孫兵は尻尾の付け根をくりくりと指で撫で始めた。

「……ひゃっ、あうっ!」

 びりびりと身体に電流が走って、思わず声をあげてしまう。尻尾を触られていたときの、嫌悪が残る感覚とはまるで違う。これは、一体。

「猫の性感帯なんですよ、ここ」

 やっぱり、こんなとこまで猫なんですね。それとも普段から感じるのかな。孫兵は遊ぶような口調で言った。しかし、それをまともに聞いているような余裕はない。その間も指はそこを攻め立てていて、ただ三木ヱ門は甘い声を漏らすばかりだ。

「ふぁ…、ん、」

「悦さそうですね」

 撫でられる度に、腹の奥がずくんと疼く。おまけに、感じている証を示すように尾がぴくりと跳ねるものだから、恥ずかしくて堪らなかった。
 孫兵は手を止めると、肩を押さえて三木ヱ門の背を再び地につけた。そうして覆い被さると、三木ヱ門の首元に頭をすっと擦りつけ、そのまますんすんと息をする。熱い息がうなじにかかってくすぐったい。お前の方がよっぽど猫みたいじゃないか。三木ヱ門は内心で言った。
 けれど、そんな余裕も長くは続かない。孫兵は首元に顔を埋めたまま、緩く頭をもたげはじめていた三木ヱ門自身を下着ごと揉み込んだ。

「にぁ、んっ……」

 まるで猫のような声が飛び出して、羞恥に身を縮めた。孫兵は満足そうに笑みを浮かべる。そのまま下着の紐までするりと解かれてしまった。剥き出しになったそこに細い指が絡み、一層激しく動かされる。

「ふあぁっ、やだ、も…、出ちゃ、あっ!」

 両腕を伸ばして縋った先はとても熱く、火傷してしまいそうな錯覚をした。相手を引き寄せるように巻いた両腕。ふるふると身体を小さく震わせたまま、自身の腹を汚していた。
 はぁ、と深い息をついて、全身の力が抜けたのも束の間。すっと後孔を指がかすめたかと思えば、今し方出したばかりのものがぐりぐりと入り口に塗り込められていた。

「や、ンぁ……、」

 異物感と圧迫感に、ざわりと尻尾が逆立つ。苦しい。だけど、嫌じゃない。孫兵は顔を伏せたままで、その感情を窺い知ることはできなかった。ぐちぐちと響くいやらしい水音に、三木ヱ門は再び興奮してくるのを隠せない。指が三本埋められる頃には、既に快感を見いだしていた。

「やぅんっ…、ひ、ぁん……」

 急に指が抜かれて、三木ヱ門のそこはヒクヒクとひくつく。孫兵は膝裏を掬うと、大きく足を開かせた。入り口にかたいものが当てられると、そこは受け入れるようにに綻ぶ。ずるずると自身を突き入れながら、孫兵は眉を寄せた。

「キツい……、ですね」

 そう言ったかと思えば、孫兵は尾の付け根にぐりぐりと指を押し付ける。ついでのように尻尾もするりと撫ぜていった。

「あっ、やぁ……そこやだっ、触っちゃあぁ……!」

 先ほどの嫌だったざわざわとした感覚も、今は快感に変わってしまう。先走りが漏れ出すのが恥ずかしくて、三木ヱ門は両腕で顔を覆った。
 三木ヱ門がそちらに気を取られている間に、孫兵は奥まで自身を埋めていた。

「……大丈夫ですか?」

 ひゅー、ひゅーとかすれた息が漏れ聞こえる。三木ヱ門は小さくではあるが、こくんと頷いた。孫兵は少し口角をあげる。折れた耳に、しゅんとしおれた尻尾が妙に愛おしかった。

「すみません、」

 堪えきれなくなったらしく、孫兵は言った。三木ヱ門の腰が小さく揺れている。誘うようなその仕草に、孫兵は一気にそこを貫いた。

「あぁっ……、んぁっ!」

「気持ちいい?」

「……ひ、んぅ、」

「先輩、可愛いですよ……何よりも」

「まご、へ……」

 ねだるように半分開いた唇に、孫兵はゆっくりと口づけた。絡み合った舌は、溶けてしまいそうに熱い。孫兵はじゅくじゅくと三木ヱ門を穿ちながら、目の先でゆらゆらと揺れる尻尾に歯を立てた。

「あっ、ひゃぅ……!」

 三木ヱ門は強すぎる刺激にびくびくと身を震わせると、縋るように右手を伸ばした。先ほど汚した腹に白いものが散る。窄まった後孔の刺激に、孫兵もつられるようにして最奥に熱い欲を吐き出した。

「っ、先輩……、」

 しばらくして、孫兵はようやく気だるい身を起こした。はあ、と一息つく。くたりと力をなくした三木ヱ門の隣に身体を投げ出した。先ほどまでちろちろと揺れていた尾も、ぴくりとも動かない。先ほどの吐精で、意識を手放してしまったようだった。丸くなって眠るその姿は、まるで本物の猫のように見える。他には何も考えられないまま、孫兵の意識もゆっくりと沈んでいった。







「お前、はじめからその気だったろ!」

「失礼な!最初はちゃんと診る気でした、でも……」

「でもなんだ!申し開きがあるなら聞いてやる!」

「あんまり先輩の猫耳が可愛らしいから」

「馬鹿かお前は!」

「何だかんだ、先輩もよさそうでしたし」

 三木ヱ門は、うっ、と詰まった。確かに、拒絶しなかった自分も大概だ。一方的に相手が悪いと責められたもんじゃない。

 二人が目覚めたのは、すっかり夕刻どきになってからのことだった。
 三木ヱ門の身体には、既に猫の耳も尻尾も残っていなかった。まるですべてが夢の中のできごとだったかのように。記憶もなんだかぼんやりとしていて定まらなかった。夢だとしても、二人同じようなものを同時に見ていただなんてこと、あるだろうか。

「結局、あれって何だったんですかね」

「やっぱり、夢だったんだろ」

「案外、現実かもしれませんよ。絵巻物みたいに、幻術を解く法は口吸い……とか、」

 その言葉に、三木ヱ門がぶっと吹き出した。心外だ、と言うように孫兵は眉根を寄せる。

「伊賀崎……、お前って本物のロマンチストだよな……」

「どういう意味ですか」

「そのままだ」

 孫兵は、蔑むように鼻を鳴らす三木ヱ門をちらりと一瞥して視線を逸らした。と、途端に大きく目を見開いてみせる。

「先輩、これって……、」

「え?」

 その先にあったのは、明るい茶色をした猫の毛束。三木ヱ門の髪の色とそっくりなそれが塊になってあちこちに散らばっていた。まさか、と二人は咄嗟に顔を見合わせる。

「……また、遊べるかもしれませんね」

 ぽつりと孫兵が縁起でもないことを言って、三木ヱ門はさっと青ざめたのであった。



end...


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