ビスク・ドール

 僕は美しい人形を持っている。
 世界にたったひとつだけ、何より美しい人形。僕のビスク・ドール。決して触れられない大好きなあの人を模して僕が作った精巧な複製人形。それは美しいドレスを纏い、色とりどりの花をあしらったベッドに横たわる。
 すべすべとした陶磁器の肌は、触れればとろけるよう。コンクパールに似た色の唇は、艶めかしく、吸いついてしまいたくなる。まるで本物の人間のような身体。けれども、何より僕を惹きつけるのはその瞳だ。自然界にはあまり見られないその色は、人のような顔にどこか不釣り合いな光を帯びている。それは、毒を有する生き物たちが、自らを顕示する彩とよく似ていた。
 僕はドールを組み敷くようにして、身体と身体を重ね合わせる。静かな室内に衣擦れの音だけが寂しく響いた。触れ合っても温かみのない肌は、このひとが人形であることを嫌でも分からせてくる。それなのに、どくどくと感じる鼓動は、きっと押しつけた僕の胸のものだろう。
 そう、あなたはいくら人に近くとも、自らその目蓋を開けることはない。その手が僕に伸ばされることはない。触れるのはいつも僕。あなたは僕だけの人形なのだから。
 蜜色のさらさらとした髪を掬えば、指のあいだから零れ落ちてゆく。そうして掬いあげた明るい色に、優しく口付けを落とした。

「ああ……、ねえ、美しいですよ……」

 僕のドールは答えない。けれど、その口元は、妖艶に微笑みを浮かべたように見えた。妖しい艶を放つそれは、こちらに劣情を抱かせる。とうとう、その花弁に軽く触れ、それから深く吸い付いた。唇を合わせながらも、ドレスの胸を乱してゆく。開いた合わせから、磁器の素肌が露わになる。目蓋を指で押し上げてやれば、宝石のような紅が、僕を見つめている。僕だけを、そこに映しているのだ。
 赤い舌をちろりと覗かせ、先をその紅へと触れ合わせる。とろりとしたまなこの甘美なあじに酔いしれてしまいそうだ。

「……大好きです」

 届かない言葉に、頬を伝う透明な雫。次から次へと、いくつもの粒が流れ、磁器の肌に落ちる。雫が溶けるように染み込む柔肌に驚いて、はっと身体を起こす。
 そう、この肌は冷たくて滑らかだけれど、決して陶磁器なんかじゃない。美しい瞳も、唇も、宝石じゃない。あなたはただの抜け殻。

「本当に、大好きだったんです……」

 あなたは知らないでしょうね、先輩。
 胸のうちで呼ぶ声に、答えるものはない。どちらにしても、ここにいるのは人形と僕、二人だけ。何度あなたを求めても、あなたはもう、僕の隣にはいないのだから。
 もはや僕には分からなくなっていた。これは幻想か、現実なのか。ただ、この腕の中の複製人形は僕に優しく微笑んでくれているような気がするから。
 触れ合うことのない冷たい交わりは続く。陶磁器の素肌を持つ、僕だけのお姫様。僕が夢と現実の狭間で迷ってしまわないように、この手を握っていてください。絡めたこの指だけが僕たちの真実でありますように。

Please, being my bisque doll forever.






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