試験が近付いて皆がピリピリしている中、私の心は浮かれていた。
確かに私は教科も多くて勉強しなければならない事も沢山ある。
本来ならこんなに浮かれる要素はないのだけれど、今の私にはそんな事が気にならなくなる事があった。
皆と同じように机の上に教科書を積み上げて教科書を開く。
今は何もかもが楽しくて仕方がない。
「名前、ご機嫌だね」
「春休みに家に来るから?」
「ハイ、フレッド、ジョージ」
覗き込むように両側に現れた顔に笑顔を返すと二人とも同じように笑った。
両側に座った二人でさえ教科書を開いている。
ただし、二人は私の教科書を見ていて読んではいないようだけれど。
不意にシャロンが開いている教科書の上に突っ伏した。
「駄目、頭が爆発しそうだわ」
「去年も言ってたわよ、シャロン」
「魔法史は駄目だわ。無理よ」
ぶつぶつと言いながら突っ伏しているシャロンに悪戯しようとフレッドが杖を持ち上げる。
それを片手で制止してなんとかシャロンにやる気を出させるとまた魔法史の教科書を読み始めた。
教科が多いと時間がかかるのは当たり前で、誰も居ない談話室にページを捲る音が響く。
なんとなく、何度もあった事だしチャーリーが降りてくるような気がしていたら誰かが降りてくる。
私の姿を見つけて柔らかく笑うのは予想通りチャーリーだった。
「やっぱりまだやってたな」
「チャーリーが降りてくる気がしたの」
「いつもの事だからな」
座ったチャーリーはいつものように紅茶を淹れ始める。
勉強を中断して眺めていたらあんまり見るなと怒られてしまった。
淹れて貰った紅茶を飲みながら何気なく腕時計に目をやる。
すっかり日付が変わっている事に驚いてしまった。
もしビルが居たらそろそろ寝なさいと怒られてしまう。
「あ、名前。俺ルーマニア行けそうだよ」
「本当に?おめでとうチャーリー」
「まだ決定じゃないけどな。多分行ける」
ぽつり、と言って苦味を含ませて笑うチャーリーに首を傾げる。
行きたいと言っていたルーマニアに行けるのなら良い事だ。
遠く離れてしまうのは寂しいけれど、チャーリーは会いに来てくれると言ったし。
シャロンの事だろうか、と思うけれどお互いにそんな関係じゃないと否定する。
「名前、いつかは、ビルに告白するんだろ?」
「うん…多分、いつかは」
「そうか」
言葉を切って紅茶を口に運ぶチャーリーは手元を見つめている。
私も紅茶を飲みながら続きを待つ。
静かな談話室に暖炉の薪が音を放った。
「もし、ビルに告白して駄目だったら、俺の所に来いよ」
大きく息を吐いた後のチャーリーの言葉に驚きで全ての思考が止まる。
我に帰ったのは持っていた筈のカップが割れた音。
チャーリーがしゃがんで杖を振るとカップは元に戻っていく。
「あー…勘違いするなよ?そういう意味じゃない。ただ、ルーマニアで一緒に生活するだけだ。シャロンも後々はルーマニアに来るだろうし」
「あの、チャーリー」
「勿論、名前がそういう意味で来るって言うなら、俺も考えるけど」
そう言って俯いたチャーリーの顔はいつもとは違って焦りからか赤くなっている。
恐らく、これは心配してくれていてチャーリーなりの気遣いだと思う。
理解するとなんだか笑えてきてしまって拗ねるように笑うなと言われても止まらない。
完全に拗ねてしまったチャーリーはそっぽを向いて紅茶をちびちびと飲んでいる。
向けられた大きな背中に頭をくっつけると太陽の匂いがする気がした。
「名前?」
「有難う、チャーリー」
「おー」
(20120919)
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