そわそわと私は何度も腕時計を確認する。
なんとなく服の皺を伸ばしてみたり髪を撫でてみたり。
約束の時間まではまだあるのだけど周りを見渡してしまう。
持ってきた短編集ばかりの本も読んでしまった。
キラキラと輝くブックマーカーが光るのを見て心を落ち着かせる。
「名前!」
聞こえた声に心臓はドキドキと騒ぎだし、振り向くと大好きな笑顔。
立ち上がって迎えると私の前に立つ顔を見上げた。
お待たせ、と笑うビルとクリスマスの時より視線が近付いている。
「名前、大分背が伸びたね」
「そうなの。もう伸びないんじゃないかってくらい」
「すっかり女性だね」
そう言いながらビルは私の頭をくしゃりと撫でた。
グリンゴッツに行ってから羊皮紙をチェックして買い物を進める。
教科書に新しいローブに魔法薬の材料に梟フード。
大半を占めるのは教科書で、その量に思わず溜息を吐く。
休憩として入ったカフェで頼んだミルクティーを飲んで再び溜息。
「名前、鞄貸してごらん」
首を傾げながら鞄を差し出すとビルは杖を振って鞄の中に荷物を入れ始めた。
全てが収まった鞄を見て驚く私にビルはクスクスと笑う。
「検知不可拡大呪文だよ」
ビルの言葉をそのまま繰り返した私は鞄を開けて見てみる。
外見は変わらない鞄なのに中はまだまだ荷物が入りそうな隙間。
ビルの説明を聞きながら覚えておくと便利そうだなと思った。
「名前なら来年には出来るようになってるかもね」
「そんな事無いわ…難しそうだもの」
私の言葉にビルは微笑んだだけで何も言わない。
胸のドキドキを落ち着けるように私はミルクティーを飲む。
どれだけ見ていても相変わらずビルの笑顔はドキドキしてしまう。
甘いミルクティーが喉を通っていくのは落ち着く。
「それはそうと、名前。僕との約束覚えてる?」
「勿論、覚えてる。無理をしない事」
「それなら良いけど…選択科目全部なんだからちゃんと約束守るんだよ」
ビルは溜息を吐いて私とは違う思いで鞄を見つめる。
ちゃんと予め手紙で相談をした上での選択。
頷くとまた微笑むのでまたミルクティーを飲む。
私がミルクティーを飲み干すとビルが鞄を持って立ち上がる。
慌てて鞄を受け取ろうとしたのだけど断られてしまった。
「買い物は終わったから、ちょっと見て回ろうか」
「でも、ビル隠れ穴にも寄るんでしょ?」
「寄るよ。でも、せっかく名前に会えたんだから」
ね?とウインクをするビルは爆弾も同然で心臓は案の定騒がしくなる。
差し出された手を握ると私に合わせた歩調でゆっくり歩く。
雑貨屋さんや古本屋さんを見て回る相手がビル。
今年の夏休みは隠れ穴には行かない事になっていたのでビルにも会えないと思っていた。
そんな中ある日届いた手紙に見つけたお誘いの文章。
暫く繰り返し読んでから私は慌てて返事を書いた。
なんとなくお店を見ていたのに気が付いたら漏れ鍋の近く。
楽しい時間はあっという間だと言うけれど本当にあっという間だ。
名残惜しくて未だ離せない繋がった手に少し力を込める。
「名前?」
「あ…えっと」
顔を覗き込むビルに誤魔化しの言葉を探していると繋がった手がぎゅっと握られた。
何かと思っているとバチンと音がして気が付けば違う場所。
呆然としていたら手を引かれ、ビルの後を歩く。
辺りを見渡してもやはり見覚えがあって此処は私の家の近くだった。
自宅の玄関前まで来ると、ビルは鞄を私に差し出す。
「本当は部屋まで運んであげられたら良いんだけど」
「大丈夫、そんな大した距離じゃないし」
「名前」
鞄を受け取った方の手を握られて両手とも繋がる。
ビルを見上げると真剣な顔をしていた。
言葉を待っていると、ビルは私の額にキスをして手を離す。
さよならを言い合ってバチンという音を聞いてから私は額にそっと手を触れた。
(20120825)
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