カタンと音のした方を向くとチャーリーが立っていて、真っ直ぐ歩いて隣に座った。
そして紅茶を淹れ始めたのを見て去年の事を思い出す。
談話室には私しかいなくてチャーリーと二人きり。
ビルに会いたくて堪らなかった時の夜、出会ったのはチャーリーだった。
同じような今に少しだけ面白くなって動かしていた羽根ペンを止める。
「相変わらず遅くまで頑張るんだな」
「ちょっと集中してただけよ」
「ほら、飲めよ」
お礼を言ってティーカップを受け取ると柔らかい甘い香りがした。
チャーリーの淹れてくれる紅茶は砂糖が要らない。
美味しいと素直に伝えるとチャーリーはにっこり笑う。
「なぁ、名前」
「ん?」
「そんなに勉強してどうするんだ?」
チャーリーのゴツゴツした指が私の髪の毛を一房摘む。
そのままくるくると弄るのをチャーリーは見ている。
口を開くと真っ直ぐと私の顔を見つめる二つの目。
「私はビルみたいになりたいの」
「首席か?」
「首席とか監督生に拘るつもりは無いけど…私の目標はビルなの」
「ふぅん」
気のない返事をしてチャーリーは手を引っ込める。
その手は私が机に積み上げた本に伸びてパラパラと捲っていく。
教科書ではなくて図書館で見つけた変身術の本。
読み出したチャーリーは多分付き合うつもりなのだろう。
紅茶を一口飲んでから、再び羽根ペンを動かす。
カリカリと文字を書く音と本を捲る音しかしない談話室。
レポートの最後を書き終えてインクを乾かすと隣から本を閉じる音がした。
「終わったのか?」
「うん」
レポートを巻いて鞄にしまってから本に手を伸ばす。
けれどその手は本を掴む前にゴツゴツした手に掴まれた。
去年少しだけ見た不思議なチャーリーと同じチャーリー。
繋がった手をジッと見つめているだけ。
「チャーリー?」
「ビルみたいになって、それからどうする?」
「え?」
「何か、なりたい物があるのか?それとも、ビルに想いを伝えるのか?」
ゆっくり見上げたチャーリーの目はとても真剣なもの。
ドキッとしてしまって今度は私が繋がった手を見つめる。
チャーリーの問いかけを噛み砕いても答えは出ない。
ビルみたいになってどうするかなんて考えた事が無かった。
ただただビルは憧れで、大好きで、私にとって一番。
「チャーリー」
困った私の口からはチャーリーの名前が零れる。
繋がっている手をぎゅっと握られて、次の瞬間するりと離れていった。
顔を上げるとチャーリーはいつもの笑顔を浮かべている。
「悪い、変な事聞いたな。レポート終わったんなら寝るか?」
「あ、うん」
チャーリーは本を鞄にしまうのを手伝ってくれて、くしゃりと頭を撫でた。
寮の階段の前で手を振って別れる時にまた手を握られる。
何を言うでもなくただ笑って男子寮へとチャーリーは消えていく。
(20120819)
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