「名前、この書類なんだけど、此処間違ってるよ」
「あ!今直すから、待ってて」
「時間はあるから、大丈夫だよ」
ビルが微笑んで私の隣に引き寄せた椅子に座る。
結局散々悩んだ末に私が選んだのはグリンゴッツ。
事務職を希望したらビルが私の教育係になった。
毎日私の仕事をビルが色々とフォローしてくれる。
助かるのだけど、少し私を甘やかし過ぎじゃないかと思うのだ。
勿論甘やかされている事は嬉しいし仕事に支障も出ない。
それとなく甘やかし過ぎじゃないかと言ってみたら妹だから、と微笑まれた。
ビルにそう言われてしまえば私はもう反論なんてする気はない。
私も結局はビルに甘やかされているこの状況は嬉しいのだ。
「大分慣れたみたいだね」
「ビルのお陰だわ」
「名前が覚えるのが早いんだよ」
似たようなやり取りを昔もしたな、と思ったらビルも同じ事を考えたらしい。
目が合うと全く同じタイミングで笑い出す。
仕事を終わらせて家に帰るとまず暖炉に火を点ける。
グリンゴッツに入ったのとほぼ同時に引っ越したこの部屋。
シリウスは居て良いと言ったけれど流石に申し訳ない。
それに、やっとハリーと暮らせるのだから二人で住むべきだ。
紅茶を淹れて息を吐きながら座り込む。
幾らビルと一緒に働いていて楽しいとは言え疲れるものは疲れる。
昔から苦手だった小鬼の相手も少し慣れたけれどまだまだだ。
根本的な部分が違うのだから仕方ないと言えば仕方ないのだけど。
キッチンに向けて杖を振り、料理を始めた事を確認して紅茶を一口飲む。
ぼんやり魔法で動いている包丁を眺めていたら玄関をノックする音が聞こえた。
返事をしながら急ぎ気味に玄関へと向かう。
「はーい。あら、ドラコ!」
「久しぶりだ、名前」
扉を開いて目に入った人物に思わず抱き付く。
一度抱き締めてから顔を見るとやつれていたのが元に戻っているのが解る。
青白いのは相変わらずだけれど、元気そうな姿を見られたのは嬉しい。
入るように促すとドラコは少し躊躇った後、ふんわりと微笑んで中へと入った。
手紙のやり取りはしていたけれどやはり実際に会うのは違う。
「会うのは久しぶりね。お家は落ち着いた?」
「ああ、なんとか」
「お疲れ様。紅茶淹れるわ」
私に続いて部屋に入ったドラコはどうしたら良いのかという顔で立ち尽くしている。
椅子を進めると座ったけれどそわそわとしていて落ち着かないらしい。
紅茶をドラコの前に置いて私は出来上がったスープを確認する為に戻る。
「夕食、の準備中だったのか」
「あ、うん。良かったら食べていく?」
「…何か手伝う」
そう言って立ち上がったドラコをやんわりと押し戻す。
もう出来上がっていたし、後は並べるだけだ。
杖を振るだけで出来てしまうのだから魔法界は便利だと一人暮らしでしみじみ思う。
「ドラコが普段食べてる物よりは劣るかもしれないけど」
「いや、そんな事ない」
ドラコは美味しいと言いながら食べてくれる。
久しぶりに誰かが居る夕食は自分で作ったものでも美味しい。
「グリンゴッツは、慣れたか?」
「うん、まあまあ。小鬼は相変わらず苦手だけど」
「…あいつは?」
「あいつ?」
何かを言おうと躊躇ってドラコは俯く。
こんな事が前にもあって、あの時はビルの事だった。
グリンゴッツの話が出たからビルの事じゃないだろうか。
試しにビルの名前を出すと肩がピクリと跳ねた。
「ビルは教育係よ」
「好きなんだろう?側で働くのは、辛くないのか?」
「ぜーんぜん。毎日楽しいわよ」
納得したようなしていないような曖昧な表情を浮かべる。
事実ビルの側で働くのは毎日楽しいので全く嘘ではなかった。
おめでとうと言ってから、ビルへの気持ちは変わりつつある。
一番大切なのは今でも全く変わらないけれど。
「心配してくれたの?有難う」
「…お前は今幸せか?」
「そうね、ドラコも無事だし、勿論守れなかった人も居るけど、守りたかった人は守れたし」
「そうじゃなくて、お前自身は、幸せか?」
「…うん、幸せ」
笑顔を向けるとドラコがそれはそれは綺麗に笑うから、思わずドキッとしてしまった。
(20130327)
234