隠れ穴に着くと一緒に来たチェシャーは一目散にビルの部屋へ飛んでいった。
ビルが元々の飼い主だからそれは別に構わないのだけど居るかどうかは別だろう。
扉をノックするより先に開いたと思ったらいきなり誰かに抱きつかれた。
ふわりと香った火薬の香りに誰かが解り、相手の名前を呼ぶ。


「やっぱり名前なら解ってくれると思ったぜ」

「元気ね、フレッド」

「そうでもないよ。結婚式の準備で大忙しだ」


抱きついたまま話をするフレッドと少し距離を取る。
モリーさんに挨拶をしようと中に入ると机の上は凄い事になっていた。
フレッドに肩を抱かれているけれど気にせずにモリーさんを探す。
その前にシーツで前が見えなくなっているジニーを見つけた。


「ジニー、大丈夫?」

「その声、名前?」

「手伝う?」

「大丈夫よ。ママを呼んで来るわ」


ジニーは前が見えない筈なのにしっかりした足取りで階段へと消えていく。
隣でフレッドが逞しい妹さと言っていると階段が騒がしくなった。
現れたのはジョージで私達に近付いて来て肩のフレッドの腕を勢い良く剥がす。
今度はジョージに抱きつかれて、私はいつモリーさんに会えるのだろうか。
溜息を吐きながらこっそりジョージの耳を確認して傷が薄くなっている事に安心した。


「あら、名前じゃない!」

「こんにちは。お手伝いしようと思って来ました」

「え?俺に会いに来たんじゃないの?」

「まあ、手伝ってくれるの?じゃあハーマイオニーが飾りを作ってるからそれをお願いできるかしら?」

「はい」


場所は、とモリーさんが言いかけたのにジョージが腕を引っ張る。
モリーさんに何とか頭を下げて引っ張られる方向に足を動かす。
階段をどんどん進んで辿り着いたのはフレッドとジョージの部屋。
ジョージが扉を閉めたとほぼ同時に抱き締められた。


「有難う」

「え?」

「これ、名前が治してくれたって聞いたんだ。てっきりママだと思ってた」


ジョージが自分の耳を指差して言う。
確かに私は少し呪文を唱えたけれど、殆どモリーさんが治したものだ。
ハナハッカを飲ませたのだって私ではなくモリーさん。
首を振って否定してもどうにもジョージには伝わらない。


「名前が居なかったら傷が残ったかもしれないんだ。だから、名前にお礼言いたかった」

「私はただ、偶然知ってただけなの」

「でも俺の為だろ?」


ジョージが首を傾げて言う言葉は確かに合っている。
頷くと嬉しそうに笑ってまた抱き締められた。


「ジョージ、私ハーマイオニーの手伝いに行くわ」

「駄目!何で名前がビルの結婚式の準備するんだよ」

「だって、私ビルの事」

「聞きたくない」


口を覆われてしまっては喋る事が出来ない。
不満そうな顔をしているジョージに手を伸ばす。
腕を退かして貰おうと思ったのに逆に掴まれてしまった。
反対の手も、先回りするように掴まれる。
そのお陰で自由になった口を開いた。


「私お手伝いに来たのよ」

「じゃあ俺の手伝いしてよ。部屋を掃除しなさいって言われてるんだ」

「…まあ、別に良いけど」


あちこちに書類や商品が散らばっている部屋。
確かにこれは片付けなさいと言われる筈だ。
溜息を吐いた私と嬉しそうに笑うジョージ。
腕を離して貰い、足元に落ちていた書類を拾った。




(20130219)
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