鏡の前で身嗜みを整えて、カレンダーの数字を確認して、用意してあるプレゼントを確認して心の中で気合いを入れる。
持っている中で一番可愛い靴を履いてもう一度鏡を見て、なんとなく服の皺を伸ばす。
小さくよしと呟くと私は姿くらましをした。


グリンゴッツの同僚達が開くビルの誕生日パーティー。
パーティーとは言ってもお店でみんなで食事をするだけの気楽なもの。
全員着席したはいいものの、私の席はビルと離れてしまった。
食事は美味しいと評判の店だけど、今はあんまり味がわからない。
プレゼントをどうやって渡そうか、タイミングは訪れるのか、そんな事で頭がいっぱい。
無事に渡せなかったらどうしようなんてマイナスな方向に思考が向く。
そんな自分を戒めながら運ばれてきたデザートを口に運ぶ。


お酒を飲みつつのパーティーなのでなんとなくみんなご機嫌で散り散りになっていく。
ビルもにこにことみんなに挨拶をしていてなかなか一人にはならない。
少し離れたところで話し掛けるタイミングを図る。
残りの二人組が手を振って歩き出した瞬間、不意にビルが私を見た。


「あれ、名前一人?」

「うん」

「じゃあ、送るよ。今日はパーティーに来てくれたしね」


行こうと促されて慌ててビルの隣に並ぶ。
さりげなく歩幅を合わせてくれるのを感じながら歩く。
まさか二人で歩く事になるなんて思わなかった。
浮き足立ってしまう自分を抑えながら鞄からプレゼントを取り出す。


「あの、ビル、お誕生日おめでとう」

「プレゼント用意してくれたの?」

「うん、みんなでも用意してたけど、この間美味しいお菓子を見つけたから、食べて欲しくて」


今のは言わなくて良かったなと後悔する。
渡したかったからと素直に言えば良いのに、言い訳がましくなってしまった。
脳内で反省会が開かれている私をよそにビルは笑顔で受け取ってくれる。


「名前が美味しいって言うなら期待できる。楽しみ。有難う」


その言葉だけで嬉しくなる。
用意して良かったと思う。
あとは本当にビルが美味しいって思ってくれれば、私はとても嬉しい。




「あ、もう少しで家だしここで大丈夫」


もう少しで私の家だという場所で立ち止まる。
向かい合って顔を見ながらそう伝えるけれど、本音はもう少し一緒にいられたらと思う。
でも今の私はビルの恋人ではなく職場の同僚だ。
わがまま言って良い立場ではないし、ビルだって帰ってやる事もあるだろう。
家族やイギリスの友人からの贈り物を開けたりとか。


「送ってくれて有難う」

「こちらこそ、色々有難う」

「それじゃあ、おやすみなさい」

「うん、おやすみ」


挨拶をして踵を返す。
後ろ髪引かれる思いだけど、家に帰って送って貰った喜びを思い出して今日はそのまま寝よう。
もしかしたら良い夢が見られるかもしれない。
なんて思っていたら腕を引かれ、そのまま包み込まれる。
何が起きたか理解した時にはもう心臓がうるさくて、指一本動かせそうにない。


「今日、名前が来てくれて嬉しかったよ」

「え?」

「プレゼントも、貰えると思ってなかったから本当に嬉しい」


背中に回されている腕に力が込められた。
もう、理解する事を放棄してしまいそうなくらい、頭の中はビルの言葉の意味を考えている。


「今日は、これ以上贅沢かも。また、明日ね」

「え、あ、うん」


ビルの腕から解放されて、あっという間に距離が開く。
姿くらましの音と共に姿は消えたけれど、私はそこから目が離せない。
これは今晩は眠れないかもしれない。




(20211129)
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