私には好きな人が居るけれど、実際に何かアプローチをする訳ではない。
せいぜい挨拶をするくらいでデートに誘う勇気は無いのだ。
いつも遠くから眺めては満足しているだけ。
けれど、最終学年である七年生になった今年は勇気を出してみようと思う。
そう思い立った私は一人でホグズミードまでやってきた。
店に入っては商品を見て悩みまた別の店へ入る。
それを繰り返して流石に疲れてしまった。
少し休憩してからまた探しに行こう。
そう決めて三本の箒の扉に手を伸ばしかけた瞬間、扉が開いた。
「ごめん。大丈夫?」
人が居ると思わなかったのか、驚いた様子で謝罪を口にしたのは私の想い人であるビル・ウィーズリー。
まさかこんな所で鉢合わせるとは思っていなかったので頭は完全に真っ白だ。
とにかく何か答えなければと頭が上手く働かない状態で大丈夫という言葉を口にしたと思う。
「どうぞ」
「え?」
「入るんだろ?」
「あ、うん」
扉が閉まらないようにしてくれていた事に気が付いて慌てて店内に入る。
振り返ってお礼を伝えるとビルは笑顔を浮かべ手を振って友人達と去って行った。
思わぬ出来事に心臓は慌ただしいし、自然と顔が笑ってしまう。
こんなにちょっとした事だけれどとても幸せだ。
ホグズミード行きの日から数日後、今日は11月29日。
緊張しながらホグズミードで買ったプレゼントを鞄に忍ばせる。
ちゃんと渡せるかどうか、ちゃんと伝えられるかどうか。
不安はあるけれど勇気を出そうと決めたのだ。
事情を知った友達が可愛いヘアアレンジをしてくれて、応援してくれている。
プレゼントは散々悩んでハニーデュークスのお菓子にした。
物だと想いが残ってしまうと思ったから。
城内を探していたら友達に図書館に居たと教えて貰った。
慌てて図書館まで行き、呼吸を整えてから中へ入る。
静かな空間に本を捲る音や文字を書く音、小声での会話が響く。
その中を進んでいくと、勉強をしているビルを見つけた。
一旦本棚に身を隠し、軽く髪を整え気合いを入れて近付いていく。
一歩進む度逃げたくなる気持ちを抑え込む。
「こ、こんにちは」
「やあ」
「あの、少しだけ良い?」
「うん、大丈夫。座る?」
隣の椅子を引いたビルの言葉にいっぱいいっぱいな私はそのまま腰を下ろす。
そして直ぐに座らなければ良かったと後悔した。
ただでさえ緊張してしまうのに隣に座っているなんて。
「何か困った事でもあった?」
「え?」
「ほら、一応監督生だし」
「あ、違うの。何かがあった訳じゃなくて」
「うん?」
顔を上げるとビルと目が合って、慌てて逸らしてしまった。
直ぐに後悔してしまうけれど、それよりもちゃんと渡さなければ。
鞄の紐を握り締めていた手を中に入れ、プレゼントを取り出す。
それを両手でビルへと差し出した。
「あの、お誕生日だって、聞いたから」
「え?」
「おめでとう、って言いたくて、それで、プレゼントを……」
段々と声が小さくなってしまう。
プレゼントを持つ手が凄く冷たく感じる。
いくら同学年だとは言え挨拶を交わすだけの私からは迷惑だっただろうか。
やっぱり勇気を出そうなんて思わなければ良かったかもしれない。
そんな事を考えていたら手からプレゼントの重みが消えた。
「本当に貰って良いの?」
「うん」
「有難う。嬉しいよ」
そう言って笑顔を浮かべるビルを見てただでさえ騒がしかった心臓がより騒がしくなる。
慌てて立ち上がり、再び鞄の紐を握り締めた。
「あの、お誕生日おめでとう。お邪魔しました!」
ビルに背を向けて立ち去るために足を踏み出す。
後ろからビルの困惑する声が聞こえるような気がする。
しかし足は止めずにそのまま図書館から出た。
図書館から少し離れた所で立ち止まり、深呼吸をする。
ちゃんと渡せたし、ちゃんとおめでとうも言えた。
勇気を出して良かったとそのまま座り込みそうになった瞬間、誰かに腕を掴まれる。
「大丈夫?」
「あ、ビル……え、どうして?」
「うーん……嬉しかったから、かな」
その言葉がよく理解出来ずに首を傾げるとビルが笑い声を漏らした。
そんな表情も素敵だなぁなんて頭の中の冷静な自分が呟く。
「そうだな……とりあえず、次のホグズミードに一緒に行かない?」
「え?」
「予定ある?」
「な、ないけど」
「じゃあ、約束」
笑顔のビルを眺めながらどうしてこうなっているのか全く理解が出来ない。
そして後日、約束通りホグズミードにビルと一緒に行き、勇気を出して本当に良かったと思う事になる。
(20171129)
初めてのハッピーバースデー