「ねえビル、おおきくなったら、ビルにわたしをあげるね!」

「名前、それほんとう?」

「ほんとうだよ!だからずーっといっしょにいようね!」

「うん!やくそく!」


ああ、夢か、と何度も瞬きをして頭を覚醒させる。
もう見慣れた一人暮らしの部屋の天井。
両腕を上げて思い切り伸びをしてベッドから抜け出した。
布団から抜け出したせいで体が少し冷え、鳥肌が立つ。


「あ」


カレンダーを見て今日が誕生日だと気付いた。
だから小包が置いてあるのかと納得する。
一つ一つ宛名を確認して丁寧に開けていく。
両親、ルーマニアの弟、友人、職場、丁寧に開封して自然と頬が緩む。
最後の一つは以前に好きだと言ってくれた女の子だった。
断って泣かせてしまったというのに、こうしてカードを送ってくれる。
息を吐くとそのカードを元に戻して杖を振った。
名前からは来なかったな、とカチャカチャと音を立てるポットを見つめる。
毎年、誰よりも目立つようにと派手なカードを選んで送ってきていた。
それと同じ位目立つような小包と一緒に。
紅茶を淹れたカップを持った瞬間、ドアをドンドンと叩く音がした。
はいはい、と止まない音に返事をしてドアを開ける。
そこには今正に考えていた人物がにっこり笑って立っていた。


「ビルー!ひっさしぶり!」

「え、名前?」

「そうだよー。入って良い?」


もう入ってる、なんて突っ込みは飲み込んでドアを閉める。
名前は先程淹れたばかりの紅茶を躊躇い無く飲み込む。
飲もうと思っていたのに、と思いながらまた新しく紅茶を淹れた。


「ビルったら部屋に暖炉無いのね」

「前に手紙で書いたと思うけど」

「そうだっけ?んー……忘れちゃった」

「それより、何で此処に居るの?」

「あ、そうそう」


思い出したように名前はローブのポケットから小包を取り出して差し出す。
にこにこ笑って誕生日おめでとうと言いながら。
いつもと違って名前にしてはとてもシンプルな小包。
それは思いの外重みを感じず、開けても空っぽだった。


「名前、空っぽなんだけど」

「うん、それはねー」

「それはって」

「ちょっと待ってて」


にこにこ笑ったまま名前はローブのフードを被る。
ゴソゴソと何かしているのは解るけれど何かは解らない。
相変わらずマイペースだな、と思いながら紅茶を飲む。
そういえば朝食もまだだったと思い出して買っておいたサンドイッチをかじった。


「ねえ名前」

「ん?」

「昔の僕の誕生日の事覚えてる?」

「昔の?いつの話?」

「……覚えてないなら、良いや」


シャキ、とサンドイッチのレタスが音を立てる。
ポットから新しく紅茶を注いで喉を潤す。


「私ね、仕事辞めたの」

「え?辞めたの?」

「うん。それでね、私約束を果たそうと思って、今日を待ち焦がれてたの」

「約束?」


首を傾げていると名前は着ていた真っ黒なローブを脱いだ。
名前の首に巻かれている綺麗な真っ赤なリボン。
机を回り込んで目の前まで歩いてくると、手を掬い上げられる。
久しぶりに見た手は、前に見た時より小さく見えた。


「大きくなったら、私をあげる。貰ってくれる?」

「ねえ名前、僕達恋人でも無いんだけど」

「知ってるよ」


ふふ、と笑った名前に昔の名前の顔が重なる。
そういえば、笑った顔だけは昔から全く変わらない。
この顔を見ると昔から落ち着いた。


「名前の嘘吐き。覚えてるんだ」

「忘れたなんて言ってないもん。ビルこそ一人でエジプトに行っちゃって、忘れちゃったのかと思った」

「ごめん」


小さな手を握り返してそのまま引っ張る。
久しぶりに抱き締めた名前は知らない香りがした。
昔は、気にならなかったのに。


「名前、僕の事好きなの?」

「昔から好きだけど」

「そっか。僕も昔から好きだよ」

「うん、知ってる」


体を離して顔を見ると名前はいつもの顔で笑う。
何で今まで告白しなかったのか、解らない。
そんなチャンスは今まで充分にあった筈だった。
でも今はそんな事どうでも良くて、確かな事が一つ。


「約束通り私を貰ってくれる?」

「いきなりプロポーズなんて、順番違うけど……うん、貰う」


益々嬉しそうに笑う名前の唇に自分の唇を重ねる。
この笑顔を隣で見ている事が、昔から変わらない何よりの幸せ。




(20131129)
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