「うわぁ」
言うつもりはなかったのに思わず口に出して言ってしまった。
勉強したというのに結果に反映されないと悲しくなってくる。
勉強したと言っても身に付いたかどうかはまた別の話だろうけれど。
溜息を吐いて答え合わせを始めた先生の声に耳を傾ける。
しかし採点ミスは一つもなく、特に点数は変わらなかった。
減らなかっただけ良しとするべきなのかもしれない。
勉強が足りなかったのかそれとも方法が悪かったのか。
答えの得られない事を考えながら黒板に書かれた文字を消していく。
どうして国語という教科はあんなに曖昧な答えなんだろう。
作者の意図なんて他人が完全に理解出来る事はない。
物語を読んでどう解釈するかなんて人それぞれで正しい答えだなんて言えるんだろうか。
黒板消しを置いて制服に付いてしまった粉を落とそうと窓際へ近付く。
すると下を歩いている坂田先生が見えた。
軽く袖を叩きながら坂田先生を目で追い掛けていく。
掃除中の生徒から話し掛けられては相手をする。
いつもやる気がなさそうだれど実は生徒には人気がある、と思う。
生徒と会話を繰り返しながら歩いていた坂田先生はやがて角を曲がって見えなくなった。
図書室で本を借り、帰ろうと歩いている途中名前を呼ばれる。
振り返ると坂田先生が立っていて手招きをされた。
促されるままに国語科準備室へ入ると席を勧められる。
「何の用ですか?」
「良いから座りなさい」
「はい」
腰を下ろすと目の前にイチゴオレを置かれた。
なんでイチゴオレと思いながら見つめていたら同じ物を手にした坂田先生が腰を下ろす。
飲めって事かと思いながらも手を出さずにいたらストローを差され、改めて目の前に置かれた。
仕方なく一口飲んで予想通りの甘さに内心で溜息を吐く。
「勉強教えてやろうか?」
「え?」
「テスト悪かったみたいじゃん?」
「……はい、まあ」
ほら出せと言わんばかりに机を手のひらで叩く坂田先生。
鞄から答案用紙を出して机の上に置く。
直ぐに答案用紙を手にした坂田先生は目を通してから赤色のペンを取った。
「本当に、教えてくれるんですか?」
「教師ですから?」
「じゃあ、お願いします」
坂田先生は答える代わりにイチゴオレを啜りながらペンを走らせる。
私には甘すぎるイチゴオレを飲みながら坂田先生が書き終えるのを待つ。
まさかこんな事になるなんて思わなかった。
今日は真っ直ぐ帰って借りた本を読もうと思っていたのに。
「他の教科は?」
「英語はちょっと……でも他の教科は良かったです」
「ふーん。本は読むのにな」
「読むのは好きなんです」
「それが生かされたらな」
そんな言葉と共に答案用紙を返される。
赤ペンで書かれた解説を読んでいるとビニールが擦れる音がした。
顔を上げると坂田先生が持っているのは棒付きキャンディ。
煙が出ていない物も持っているんだななんて思いながら視線を答案用紙に戻す。
思っていたよりも細かく書かれた解説に少し驚く。
「あ、そうだ。校長に呼ばれてるんだった」
「……何かしたんですか?」
「何かしたかなぁ。覚えがねえな」
坂田先生は頭を掻きながら思い出そうとしているのかあれでもないこれでもないと呟いている。
それを聞き流しながら帰り支度を済ませて残っていたイチゴオレを飲み干す。
やっぱりこのイチゴオレは私にはとても甘く、こんな機会でもなければ飲まない。
「帰んの?」
「はい。先生も行った方が良いですよ」
「あー……面倒だなぁ」
口でそんな事を言いながらも私が立ち上がると一緒に立ち上がった。
国語科準備室の前でお礼を言って面倒くさそうに歩き出す坂田先生を見送る。
帰ったら坂田先生が書いてくれた解説を読み直そう。
それで次のテストでは良い結果が出せるようになれたら良いなと思う。
(20170602)
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