進路希望調査なんて、今の私には頭痛の種でしかない。
今日中に出せと言われてクレープ屋に行く友達に置いていかれてしまった。
先生が置いていった資料をパラパラと捲りながら何度目かの溜息を吐く。
大学に専門学校、それから企業、様々な資料が積み重ねられている。
こんなに積まれても全部に目を通す気になんてならない。
現実を忘れられたらどれだけ良いか。
忘れても後が苦しくなるだけだと解っている。


「皆、ちゃんと決まってるのかな」


ポツリと呟いた声は教室の中に消えていった。
焦りが生まれてはどんどん降り積もる。
進路が決まればこの積もった焦りも消えるんだろうか。
資料を放り出して机に突っ伏した。
雲一つない青色の空は私の心とは正反対。
一枚の紙さえなければ、楽しい時間だったかもしれないのに。




気が付くと青色だった空は藍色に染まっていた。
ぼんやりしながら瞼を擦り、体を起こす。
少し喉が渇いたな、なんて思っていると紙が擦れる音が聞こえてきた。
手櫛で髪を整えながら顔を上げる。


「……坂田先生」

「おー、起きたか」

「はい……え、何で此処に?」

「教室の施錠」


坂田先生は私が見ていた大学のパンフレットから目を離さず机を指差す。
そこには坂田先生が持ってきたであろう鍵の束が置かれていた。
慌てて携帯電話を取り出すと案の定母親からメールと着信がある。
直ぐにメールを返信すると目の前の紙が目に入った。
これを提出しない事には帰る事が出来ないのを思い出す。


「早く書けよ、それ。受け取らないと俺帰れねーから」

「……すみません」

「ったく、俺担任じゃねーのによ。娘の誕生日だか何だか、既婚者はこれだから」


文句を言いながら坂田先生は資料の山から新しく一部取り、開いた。
どうやら担任は坂田先生に頼んで帰ってしまったらしい。
様子を見に来なかったんだろうか。
もしかしたら娘の誕生日というからそっちで頭が一杯だったのかもしれない。


「で、何悩んでんの?」

「悩んで……と言うか、何て言ったら良いのか」


話そうか悩んで言葉を切る。
進学か就職かすら決まっていないだなんて言えない。
もう二年生の秋だぞ、と言う担任の言葉が再生される。
解ってはいるけれど簡単に決まったらこんなに困らない。
資料を山積みされる事だってこんな状況にだってならなかった。
溜息を吐きそうになって寸前で止める。
また幸せが逃げるなんて言われてしまいそうだ。


「先生、質問良いですか?」

「どーぞ」

「先生は進路ってどうやって決めました?」


んー、と言いながら坂田先生が首を捻る。
相変わらずやる気のなさそうな目だ。
考えている横顔を眺めながらそんな事を思う。


「そんな質問するって事は決まってないんだな?」

「……はい」


山積みの資料の一番上にあるパンフレットをパラパラと捲る。
どうやら美容系の専門学校のパンフレットらしい。
頭だけのマネキンや化粧道具の写真が見えた。
坂田先生の手元を見ると有名大学の名前が目に入る。
担任は本当に手当たり次第持ってきたようだ。


「とりあえず進学にしとけ」

「でも、志望校が書けないです」

「進学か就職か決まっただけで充分だろ。それより俺は施錠したいんだ」


そう言われて素直に進学の文字を丸で囲み、坂田先生に渡す。
帰る支度をして施錠をする坂田先生を資料を抱えながら見る。
教室の電気が消えると校内はとても暗かった。
坂田先生が持つ懐中電灯の明かりが眩しい。
職員室に到着すると資料の山が手の中から消えた。
チラリと見えた職員室には本当に誰も居ない。


「名字、電車通学だっけ?」

「はい」

「靴履き替えたら門で待ってろ」


何で、と聞く前に坂田先生は職員室の扉を閉めてしまった。
ポケットの中で震える携帯電話を取り出して歩き出す。
友人から今日食べたクレープの感想とまた行こうというお誘いだった。




(20160419)

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