紙パックのカフェオレは少し苦くてそれでいて甘い。
ストローで啜りながらくるりとシャープペンシルを回す。
開かれた日誌に書くべき内容を考えて、少し苦くて甘い液体を飲み込んだ。
文字を書きながらまたカフェオレを啜る。
鞄を肩に掛け、紙パックをゴミ箱に捨ててから書き終えた日誌を手に教室を出た。
誰も居ない廊下を歩きながら鞄から携帯電話を取り出す。
メールマガジンが数通、友人から謎の画像が添付されたメールが一通。
友人に返信をして携帯電話を鞄にしまった。
「今日はもう帰るのか」
草臥れた白衣に煙草、眼鏡の奥にある瞳はやる気が見られない。
相変わらずの坂田先生は面倒そうに頭を掻いて首を傾げた。
「はい。日直の仕事も終わりましたから」
「日直か。お疲れさん」
頭に手が乗せられてそのまま撫でられる。
突然の事に思わず後退ると坂田先生がニヤリと笑った。
警戒しながら坂田先生の様子を窺う。
しかし特に何かをしてくる気配も無い。
お辞儀をして職員室に入り、担任の机に日誌を置く。
今日は真っ直ぐ帰ろうと決めて職員室を出て、足を止めた。
先程と変わらぬ位置に坂田先生が立っている。
「手伝ってくんねぇ?」
「何をですか?」
「雑用。俺一人だとどうも眠くなるんだよなぁ。ほら、行くぞ」
まだ手伝うと言っていないのに坂田先生は歩き出してしまった。
仕方なく後ろを付いて行くと国語科準備室で、机の上には大量の紙。
幾つか引き出しを開けた坂田先生はホッチキスを取り出し、大量の紙の上に置いた。
そしてまた引き出しを漁り始め、何やらぶつぶつと呟いている。
「お、あったあった。針はこれな」
「先生、これ全部手伝えとか言いませんよね」
「理解が早くて助かるよ」
溜息を吐きそうになったのを慌てて堪え、鞄を近くにあった椅子に置く。
どうせ帰ってもやる事はないし、まあいいか。
紙を決められた枚数に纏め、ホッチキスでとめる。
「お前、座れよ。疲れるだろ」
既にやる気がなさそうな坂田先生。
近くの椅子を引き寄せて腰を下ろし、作業に戻る。
順番に紙を重ねてホッチキスでとめるだけ。
簡単な作業でほんの少しだけ退屈だ。
「毎日、つまんない?」
「え?」
いきなり何を言い出したのか。
顔を上げると坂田先生はちょうどホッチキスの針を紙に刺す瞬間だった。
カシャン、と音がして坂田先生はまた紙を重ね始める。
「顔につまらないって書いてある」
「気のせいです」
「そうかなぁ」
坂田先生は手元から視線を逸らさず、ホッチキスでとめていく。
ぼんやりその様子を見つめていた事に気付いて視線を逸らす。
どうして坂田先生はそんな事を聞いたのだろうか。
確かに毎日繰り返される日常が少しだけつまらないとは思う。
朝起きて学校へ来て勉強をし家へ帰り眠るとまた朝がやってくる。。
不満がある訳ではないけれど、満足をしている訳でもない。
未来の事を考えてうじうじしている今では、余計に。
「……先生は、毎日楽しいんですか?」
「んー、どうかねぇ」
相変わらず視線は手元に向けたまま呟く。
僅かに首を傾けて、坂田先生は手を動かし続ける。
「楽しかったり嫌だったりだな。こういう作業は面倒だ」
「だから私に手伝わせるんですか」
「眠くなるからっつったろ。聞いてなかったのか」
坂田先生はいつでも眠そうですけど、という言葉は心の中に留めておく。
眠くならないようにと言う割に坂田先生は話さない。
ただ黙々と手を動かすだけで、この作業も終わりが見えてきた。
最後の一枚を重ねると先に終わったらしい坂田先生が立ち上がる。
「ちょっと出てくっから、待ってろ」
何で、と言う暇もなく足音が遠ざかっていく。
ホッチキスでとめ終わったプリントを重ねる。
明るかった外はすっかりオレンジ色を通り越し藍色になっていた。
本当に日が暮れるのが早くなったなと思いながら腰を下ろす。
すると近付いてくる足音が聞こえ始める。
「終わったか?」
「はい」
「サンキュー。助かったよ。ほら、これはお礼」
部屋を横切りながら坂田先生が私の前に紙パックを置いた。
日誌を書きながら飲んでいた物と色違い。
イチゴオレと書かれたそれはあんまり買わない物だ。
坂田先生を見ると全く同じ物を既にストローで啜っている。
「何でイチゴオレなんですか?」
「美味いから。あ、嫌いだったか?」
「いえ。有難う御座います」
なるほど、これを買いに行っていたのか。
一人納得し、ストローを挿して一口啜ってみる。
予想通りの甘さが口の中に広がった。
この間のチョコレートといいこのイチゴオレといい、坂田先生は甘い物が好きらしい。
(20160303)
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