窓際の一番後ろの席に座り、机にベタリと上半身をくっつけて空を眺める。
長時間この体勢でいると確実に首が痛くなってしまうだろう。
解っているのに私はずっとこの姿勢のままだからきっと後で苦しむ。
青かった空は赤く染まっていて、少し遠くは藍色に染まっていた。
薄暗い教室で机に突っ伏した女子生徒が一人。
時間はそんなの関係無いと言うように進んでいく。


高校生活ももう半分を過ぎて進路という言葉が嫌でも付き纏う。
二年生からは早い、なんて思うが周りはあっという間だと私達を急かす。
これと言ってやりたい事がある訳では無い。
得意な事があるかと言われたら首を横に振る。
漠然とした不安を抱えて黄昏れるなんてしょっちゅうだ。
子供の頃は何になりたいと思っていたんだったか。


「幸せが逃げるぞー」


溜息を吐いて立ち上がるとそんな言葉が聞こえた。
振り返らなくてもこのやる気のない声で解る。
Z組の担任で国語教師の坂田銀八。
扉のところに立って此方を見ている。
いつもくわえている煙草は見当たらない。


「逃げるような幸せが無いです」

「おいおい、お前17歳だろ。何かあんだろ」

「……帰ります。さようなら」


お辞儀をしてから坂田先生のいる前の扉ではなく後ろの扉から廊下に出た。
坂田先生は何も言わないから私もそのまま階段へ向かう。
靴を履き替えて外に出ると太陽が沈みかけているせいか冷たい風が頬を撫でていく。今は制服だけでも平気だけれど直ぐコートやマフラーが必要になるだろう。
近付く冬休みが嬉しいような嬉しくないような、複雑な気持ちだ。


「おーい、名字!」


溜息を吐きそうになった時、名前を呼ばれて顔を上げる。
窓から身を乗り出しているのは坂田先生で、場所は二階にある私の教室。
何か用事があったなら先程呼び止めたら良かったのに。
内心でそう思いながら坂田先生の言葉を待っていると手招きされた。
手招かれるままになるべく校舎まで近付くと見上げるのが辛くなる。
一体何なんだと思う余り眉間に皺が寄り添うだ。


「忘れ物。ちゃんと受け取れよー」

「え、ちょっと待って」


言い終わるより先に坂田先生は握っていた手を広げる。
落とさないように必死でそれを目で追う。
腕を伸ばすと何かが手に触れて落ちないように握りしめた。


「ナイスキャッチ」


ニヤリと笑った坂田先生に苛立ちを覚えながら手を開く。
ちょこんと掌に乗っているのは一口サイズのチョコレート。
私には買った覚えも誰かから貰った覚えも無い。
訳が分からず再び教室を見上げる。


「甘い物食ったら、案外幸せになるかもしんねーぞ」

「先生とは違います」

「さあ、どうだろうなぁ」


ニヤニヤしながら此方を見下ろす坂田先生。
掌の上のチョコレートと坂田先生を見比べる。
食べるだけで幸せになれるなら楽だろう。
私の悩みは一口サイズのチョコレート一つで解消出来る訳も無い。
そんな事坂田先生だって解っている筈なのに。
大きく息を吐いてチョコレートを握る。


「帰ります、さようなら」

「気を付けろよ」


ひらひらと手を振る坂田先生に頭を下げて踵を返す。
校門を出たところで握っていた手を開いた。
このまま握っていたら徐々に溶けていってしまう。
包みを開き口に入れると予想通りの甘さが口に広がった。




(20160303)
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