暫く家に居た名前は、ある日綺麗に姿を消した。
机の上には雪玉が一つ。
帰り道、雪が降り出しそうな空を見上げる。
鼻の奥がツン、とする空気の冷たさ。
もうすぐ春だというのに雪は溶けない。
「夏目様」
いきなり聞こえた声に振り返ると、名前の姿。
少し、弱々しい声に心配になる。
「夏目様、今晩、お伺いします」
「え?」
「それでは」
「おい、名前!」
呼び止める声は届かず、姿は消えていった。
夜、宣言通り名前は現れて、今は正座で座っている。
向き合った状態でもう何分か。
「名前?」
堪えきれずに名前を呼べば、肩が震えた。
しかし先程から俯いたままの顔は上がらない。
名前の手はきつく握られたまま。
「名前、どうしたんだ?」
「あ…あの、先日はすみませんでした」
「先日?」
尋ねるけれど、黙って上がっていた顔も再び俯いてしまう。
先を促せば、どうやら以前揉めた日の事を言っているらしい。
気にしていない事を伝えると、再び顔が上がる。
「夏目様、やはり、私の名を友人帳に入れて頂きたいのです」
「…どうして?」
一つ、視線をさ迷わせ息を吐いた名前は目を閉じた。
その顔はやはり初めて会った時よりも白い。
もしかして妖力が、弱っているのだろうか。
意を決した様な名前は、真っ直ぐ此方を見る。
「私は、春が来ると消えてしまいます」
「え?」
「だから、私の一部を夏目様にお預けしたいのです。消えなくて、済む方法です」
耳の奥で、何かの音がした。
(20090325)
落ちる、春 6