薄くなる意識の中で思い出したのはあの人の事。
もう暫く会っていない。




夢を見た、あの人の夢を。
横顔を眺めている私にあの人は優しく笑った。
寒くは無いか、と優しい優しい声と言葉。
薄着で居て、馬鹿だと思った。
妖怪の私を暖める必要なんて無いのに。
頬に触れている手は温かくて、泣きたくなった。
ぐちゃぐちゃの感情でただ一つだけ。
馬鹿だと思ったのに、どうしようもなく、


「目が、覚めたのか?」


覗き込む顔に驚いて、慌てて飛び起きる。
今は、夢で見た状況そのもの。


「…夏目様」

「まだ、冷たいな」


そっと頬に触れる手は温かくて泣きたくなる。
ギュッ、と心を直接掴まれる様に、苦しい。
自分の手で頬に触れているそれを外す。


「私なら、平気です」

「そうか」


このまま此処に居てはいけない。
そう思うのに、何処かで此処に居たいと思っている。


「余計な、世話だったかもしれないけど」

「え?」

「俺には名前が見えるから」


そう言って、変わらぬ優しい笑顔を浮かべる。
この人は、優しすぎるんだ。




(20080307)
落ちる、春 5
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