ベッドに寝転がったまま、開きっぱなしで物が乱雑に詰め込まれたトランクを横目で見る。
新しい教科書と洗濯済みの制服と今まで使っている筆記用具と。
荷造りをしなければいけないのにそんな気分になれず、溜息を吐いた。


あの日から名前に一度も会わず、もう夏休みが終わろうとしている。
このままでは嫌だと思いながら会ってどうしたら良いのか考えてしまって動けない。
多分名前は何事もなくいつも通り接してくれると思う。
でもそれも不満に思ってしまう自分もいる。
どうしたら良いかわからない状態にもう一度溜息を吐いて起き上がった。
とにかく、やらなければいけない荷造りを終わらせよう。




夕食の後、こっそり家を抜け出して家の周りを散歩する。
小さく見える名前の家は灯りが点いていないように見えた。
もしかしたらまだダイアゴン横丁に居るのかもしれない。
何時から何時まで働いているのか知らないけど。
どうして僕はまだ未成年で、名前は成人なんだろう。
もし同い年だったら、違う答えだったんだろうか。


「なーんて、考えても仕方ないか」


返事なんてあるわけもなく、独り言は消えていく。
もう少し歩いたら部屋に戻ろうかと考えていた時、姿現わしをする音が聞こえた。
音のした方を向いて頭が真っ白になる。
様子を窺うように此方を見る名前と目が合う。


「こんばんは。久しぶりね、ビル」

「……久しぶり、名前」


思っていたより普通に声が出たことにホッとした。
名前はそのまま此方に向かって歩いてくると、手を伸ばせば届くだろう位置で立ち止まる。
久しぶりに見る名前は何だか輝いて見えるのは、気のせいだろうか。


「元気そうで安心したわ」

「うん、名前も。……今、帰ってきたの?」

「そうよ。実はモリーさんに招待されていたんだけど、間に合わなかったから、頼まれた物だけ届けに来たの」


そう言いながら名前は紙袋をローブのポケットから取り出す。
少し悩んで手を差し出すと紙袋が乗せられる。
カチャン、と紙袋の中で瓶同士が触れて音を立てた。


「ママ、多分今ジニーを寝かしつけてると思うから、渡しておく」

「有難う。じゃあ、私は帰るわね」

「え、もう、帰るの?」


思わず出てしまった言葉を聞いた名前は何かを考えるように一度視線を外す。
もしかして、告白した年下の人間を面倒に思っているんだろうか。
そうだとしたら、今からでも冗談だったと言ってしまえば、告白もなかった事になるのかもしれない。


「ビル、荷造りは終わってる?」

「うん、終わってるけど」

「じゃあ、少しだけ付き合ってくれる?」

「えっと、うん」


家に紙袋を置きに行き、部屋にローブを取りに行って戻って来ると名前がパパに出かける許可を貰っていた。
パパはいつもみたいに名前にマグルの話をしたがっていたけれど、戻ったらと言って名前は断る。
残念そうなパパに挨拶をして名前と一緒に外へ出ると、名前は杖を振って箒を出した。
促されるままに名前の後ろに乗って落ちないようにお腹に腕を回す。
簡単な動作なのに相手が名前だからか、とても緊張してしまう。
こんな風に密着するのはもしかしたら初めてかもしれない。


飛び続けて暫くして、大きな湖の畔に降りた。
来た事のない湖を眺めていると名前に声を掛けられる。
地面に敷かれた敷物の上に置かれている紅茶とサンドイッチとクッキー。
腰を下ろした名前が手招きをする。


「あ、紅茶よりココアの方が良かったかしら」

「ううん、紅茶で大丈夫」

「良かった。あ、サンドイッチもクッキーもダイアゴン横丁で評判のカフェで買ったの。きっと美味しいわ。でも、私が怒られてしまうからモリーさんには内緒よ」

「うん」


クッキーを一つかじると普段食べるクッキーよりも美味しかった。
名前はサンドイッチを食べ始める。
夜ご飯にとダイアゴン横丁で買ってきたんだと気が付いて、黙ったまま名前がサンドイッチを食べ終わるのを待つ。
あんなにどうしようと悩んでいたのに、実際に会った今、不思議と落ち着いている。
静かな湖を眺めながら、クッキーをかじるとより落ち着くようだった。


「夏休みは楽しかった?」

「うーん……ずっと家の手伝いしてたよ。あとは、弟達と遊んでた」

「楽しそうね」

「楽しい……かな?」

「ええ」

「そうかも」


名前にそう言われると楽しいような気がしてくる。
確かにいつもは名前の家に行ってばかりだったから一日中遊ぶ日は少なかった。
喜ぶ弟達と過ごすのも好きだから、楽しい夏休みだったと思う。


「名前は?」

「ちょっと忙しかったかも。少しだけ慣れてきたかしら」

「……大変?」

「大変な事もあるわ。でも、薬草に囲まれて働くのは楽しい」


そう言いながら笑顔になる名前に、ドキドキする。
慌てて視線を逸らして紅茶を飲む。


「今度、行ってもいい?」

「勿論」

「じゃあ、冬休みに行く」

「ええ、待ってるわ」


冬休みに会う約束をした事で、胸がいっぱいになる。
楽しみで早く冬休みになって欲しい気持ちと、今がずっと続けば良いと思う気持ちとでぐちゃぐちゃだ。
名前と居るといつもそんな風に相反した気持ちがぐるぐると回り始める。
でも、それも悪くない。




家に戻ると待っていたと言わんばかりに顔を輝かせたパパが家の中へと名前を誘う。
ママは呆れながらも二人分の飲み物を用意しながら僕に寝るよう促すのを忘れない。


「おやすみなさい」


次に名前に会えるのは冬休み。
久しぶりに会ったのにもうさよならをしなければいけない。
夜がもう少し長ければ良いのに、なんて考えるのは子供っぽいだろうか。


「おやすみなさい、ビル。またね」


そう言って名前は手を振ってくれる。
手を振り返すとにっこりと笑ってくれた。
自分の部屋に向かいながらまたねという言葉を反芻する。
今夜は良い夢が見られるかもしれない。




(20210124)
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