洗濯物を片付けて、自分の部屋でトランクを片付けて、やる事がなくなってしまった。
下に行けば手伝いを言い付けられるだろうが、今は名前が居る。
まだ会って会話をする覚悟が決まらない自分に溜息を吐いてしまう。
昔はこんなに色々と考えずに名前と話せていたのに。


食事の時間が終わり、皆でのんびりする時間も名前に近付かずに居たらいつもより時間が過ぎるのが遅い気がする。
いつもはあっという間に名前が帰る時間になってしまうのに。
部屋の隅で、もう眠そうなロンとチェスをしながら名前の様子を窺う。
紅茶を飲みながら、パーシーの質問に答えて、更にフレッドとジョージの相手もしている。
やっぱり余計な事なんてしなければ良かったんだろうか。


「ビル?」

「あ、ごめん」


首を傾げるロンに謝って、駒を動かす。
駒の壊れる音がして、ロンが悔しそうな顔をした。




弟達が寝てしまうと、今度はパパが名前と話をしだす。
普段からこうなんだからと呟くママの声が聞こえる。
いつもの会話だけど違うのは部屋の隅からその様子を見ている事。
もう何度も読んだ本を開いて読んでいる振りをしながら。
ページを捲る速度なんてバラバラで、バレてしまいそうなのは自分でも気が付いている。


「じゃあ、そろそろ帰りますね」


本に視線を落としたと同時に名前の声が聞こえてきた。
思わず顔を上げるとちょうど名前がこっちを向き、にっこり笑った。
途端に心臓が掴まれたように苦しくなる。
そのまま名前はパパとママに挨拶をして家を出て行く。


直ぐに本を置いて立ち上がり、閉まりかけの扉へと向かう。
少し離れた所に見える背中に向かって名前を呼ぶ。
立ち止まった名前が振り返って笑顔を浮かべた。


「あら、今日はもう話しかけてくれないのかと思ったわ」

「あ……ごめん」

「良いのよ。お帰りなさい、ビル」

「ただいま」


足を進めて名前へと近付く。
並んで果樹園の方へ歩きながら、チラチラと名前を見る。
やっぱり好きなのだと思うと同時に、あの花をどう思っているのか気になって仕方がない。


「もう四年生も終わりなのね。早いわね」

「OWLの事考えると今から気が重いよ」

「懐かしい。あの頃は皆ピリピリしてて、あっちこっちで小さなトラブルがあったわ」

「小さな?」

「ふふっ、きっと貴方も目にするわよ」


そう言うと名前は杖を振ってゴブレットを二つ出した。
内緒ね、と言いながら差し出されたゴブレットの中身はココア。
チラリと見えた名前のゴブレットの中身はコーヒーだった。


「名前、帰ってから何かするの?」

「え?」

「コーヒーだから」

「ちょっと温室でやる事があるのよ」


薬草の世話があるのかな、なんて思いながらココアを一口飲む。


「手伝おうか?」

「有難う。でも貴方に手伝って貰うには時間が遅いから、私がモリーさんに怒られちゃう」


時計を見ると寝るには早い時間だけど、外出を許されるような時間ではなかった。
このまま名前について行ったら二人とも怒られて、最悪名前とはもう会えなくなってしまう。
指に力が入り、ゴブレットが滑り落ちそうになる。
慌てて持ち直して一口飲むと一口目よりも甘さが喉に纏わりつくようだった。


「大丈夫?」

「大丈夫。甘いね、これ」

「あら、ココア嫌いだった?」

「ううん。好き」


ココアも、名前も、なんて言える訳もなく。
ゴブレットをくるくると回しながら揺れるココアを眺める。


「明日、行っても良い?」

「珍しい。いつもは聞かないのに」

「……偶には」


くすくす笑いながら名前が頷いた。
許可を貰えた事にホッとする。
何となく、聞かなければいけないような気がしたのだ。
いつの間にか空になっていた名前のゴブレットを見て慌ててココアを飲み干す。
すると名前が杖を振ってゴブレットを消した。


「じゃあ、そろそろ帰るわ。貴方も早く家に入りなさい」

「うん。おやすみ」

「おやすみなさい」


姿くらましの独特な音を立てて名前の姿が消える。
一歩家へ踏み出して振り返り、並ぶ足跡の自分の分を消す。
そして家まで歩いて戻り、扉を閉めた。




(20190220)
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