名前の家に来てこんなに緊張している事は今までになかったかもしれない。
真冬だというのにマフラーをしている首が暑いと感じてしまう。
手のひらに滲んだ汗を拭ってドアをノックする。
しかし、返事はなく中で人が動く気配もない。
ママは確かに名前をパーティーに誘ったと言っていた。
出掛けていてまだ帰っていないのか、魔法薬を作るのに夢中になっているのか。
どちらでもないとすると温室かな、なんて考えながらドアノブを回す。
何の抵抗もなく開いたドアに驚きながら家の中へ入る。
仕事部屋を覗くと机に突っ伏している名前がいた。
珍しく鍋が空なのはクリスマス休暇だからだろうか。
テーブルの上には薬草の本が開かれたまま何冊も置いてある。
読んでいる最中に眠ってしまったのかもしれない。
名前の隣に腰を下ろして眠っている名前の顔を見る。
友人の彼女と同じ立場にいる今、どうしたら意識して貰えるか。
何度も考えて、何冊も本を読んで、何回も同じ結論に至った。
ホグズミードで買ったプレゼント。
それを渡したいから、デートに誘おうと思った。
思ったのに、こうして名前の顔を見ていると勇気がなくなっていく。
少し早くなった心臓の音を聞きながら息を吐き出した。
すると突然名前が目を開け、瞬きを繰り返す。
「名前?」
「ああ……寝ちゃってたのね。ビルが居たから驚いちゃった」
体を起こした名前が開きっぱなしだった本を片付け始める。
仕事部屋を出てキッチンで飲み物を用意していると伸びをしながら名前が遅れてやってきた。
座った名前の前に水の入ったゴブレットを差し出す。
お礼を言って水を飲む名前の向かい側に座る。
「今日は魔法薬作ってないんだね」
「クリスマスだもの。お休み中」
「じゃあ、今日来れる?」
「勿論。準備してくるわね」
キッチンを出て行く名前を見送って息を吐き出した。
自分の部屋に置いてある名前へのプレゼントを思い浮かべる。
家でのクリスマスディナーはいつも通り。
そしていつも通り名前を見送ろうと外へ出る。
すると冷たい空気が一気に温まった体を冷やしていく。
思わず肩を竦めると名前が笑った。
「寒いでしょ。良いのよ、お見送りなんてしなくても」
「平気だよ」
少しでも一緒に居たいし、という言葉は飲み込む。
ポケットに手を突っ込むと四角い箱が当たる。
冷たい空気を吸い込むと少しだけ勇気が湧いた気がした。
「名前、これ」
ポケットから取り出して、思い切って差し出す。
心臓の音が大きくて、指先がどんどん冷たくなっていく。
それなのに受け取った名前の指が触れた部分が熱い。
「なあに?」
「ホグズミードで見つけたんだ。名前に、似合うんじゃないかと思って」
「……私に?」
頷いて、顔が見れないから俯いて名前の言葉を待つ。
どう思ったか、何を言われるか。
しかしいくら待っても何にも聞こえてこない。
顔を上げると名前は笑ってはいなかった。
先程とは違う理由で大きく鳴った心臓の音。
「クリスマスプレゼントなら、貰ったわよ?」
「うん……送った後に、見つけたから。直接渡しちゃったんだけど」
段々小さくなる自分の声がやけに響いたような気がする。
名前は今、何を思っているんだろう。
「二つも貰って良いのかしら」
「あ、うん、貰って」
「有難う。今年はラッキーね」
そう言ってやっと名前は笑ってくれた。
それだけなのに、心の底からホッとする。
やっぱり、笑った顔が一番好きだ。
(20171024)
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