「ごめんね」
無言のまま紅茶を飲みながら偶にクッキーを食べてお代わりの紅茶が残り少なくなった時、名前が謝った。
首を横に振ると名前は苦笑いを浮かべて残り少なかった紅茶を一気に飲み干す。
そしてポットからお代わりを注ぎ、角砂糖を一粒カップへと落とした。
ティースプーンでくるくるとかき混ぜると角砂糖はあっという間に溶けて消えていく。
「気が付いたと思うけど、あの人は写真の人なの。急に来て、言いたい事だけ言って帰って行ったわ」
名前が昨日見せてくれた写真をテーブルに置いた。
相変わらず写真の中の二人は仲が良さそうに笑っている。
「あの人、結婚してるのよ」
「結婚?」
「ホグワーツを卒業して直ぐにね。私と別れたのはホグワーツを卒業する直前」
「え?」
「親が決めた相手だって言ってたけど本当かは知らない。私に散々卒業したら一緒に住もうとか結婚しようとか言ってたのよ。酷いでしょ?」
頷く事しか出来なくて、下を向くと写真の中の名前と目が合った。
きっとこれは一緒に住もうとか結婚しようとか言われていた頃の写真。
この頃にあの人はもう違う人との結婚が決まっていたんだろうか。
「結婚式の招待状まで送ってきたのよ」
「結婚式……名前と出会った頃にドレスローブを着てたのって」
「そう、その日。最後って決めて行ってきたの。お幸せにって言って最後のつもりだったんだけど」
肩を竦めた名前はクッキーを手に取って口に放り込む。
それをぼんやりと見ながら紅茶を飲もうと思ったら空だった。
お代わりをしようとポットを持ち上げるけれどポットも空。
お湯を沸かそうと立ち上がりかけると名前が杖を振った。
手持ち無沙汰になってしまって、名前のようにクッキーを口に放り込む。
「ビルにも、不愉快な思いをさせちゃったわ。ごめんなさい」
「名前のせいじゃないよ」
「でも、無関係じゃないもの」
お湯をポットに注ぎながら名前は言う。
それから空になったカップにお代わりを注いでくれた。
「また来るって言ってたね」
「そうね。でもまあ……何とかなるわ」
「大丈夫?」
「大丈夫よ。今日は突然だったから動揺しちゃったけど」
にこにこ笑う名前はもういつも通りに見える。
随分若いけど、と言うあの人の声を思い出す。
いつも笑顔であんな表情、向けられた事がない。
名前と同い年のあの人と比べたらなんて子供なんだろう。
「今日は温室行こうか。家の中でって気分でもないしね」
「うん、そうだね」
いつも笑顔の名前が好きだった。
冷たい声も怒った顔も傷付いた顔も写真で見た嬉しそうな顔も、知らない。
初めて知る事ばかりでモヤモヤしてしまう。
だって、いつも名前は笑っていたから、知りようがなかった。
「行きましょうか。一応お水だけ持って」
立ち上がる名前のいつもの笑顔が嬉しいのに悲しい。
こんな気持ちになるなんて思わなかった。
ずっと笑っていて欲しいと思っていたのに。
いつからなんて解らないけれど、気が付いた。
僕は、名前が好き。
(20170305)
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