気が付けば雪も溶けて春になり、春もまた通り過ぎてしまっていた。
ビルとはあの冬の日以来会っておらず、相変わらずのペースで手紙のやり取りをしている。
けれど、前よりも何だか寂しく感じてしまう自分がいる事に気が付いた。
夏休みが待ち遠しいと思いながら毎日を過ごしたのは学生時代でも無かった気がする。


「良い傾向じゃない?」

「そう?」

「そうよ。ビルに会いたいだなんて前の名前なら言わなかったわ」

「確かにそうだったかも」


本当は解っているけれど惚けた振りをしてみた。
けれどリビーはニヤニヤと笑って気付かない振りはしてくれないらしい。
リビーの視線から逃げるように棚にある商品に手を伸ばす。
マグカップに描かれている猫は何だかリビーみたいだ。


「あ、それね。私に似てるでしょう?」

「驚いた。今それを考えてたの」

「エジプトで見つけてね。頼んで置かせて貰ったの。そうよね、ビル」


そう言いながら私の後ろを見るリビーの視線を追い掛けて振り返る。
そこにはリビーの言葉通りにっこり笑ったビルが立っていた。
待ち合わせの時間までまだあった筈だと思わず腕時計を確認する。
やっぱり待ち合わせの時間にはまだ早くて目の前に立つビルの存在を素直に認められない。
手紙には遅れるかもしれないから、と書いてあったのに。


「驚いた?」

「驚いてるわ。現在進行形で」

「成功かな。ね、レストン」


ビルの言葉と私の反応に笑うリビーに説明を求めると仕事があるからと立ち去ってしまった。
マグカップを持ったままな事に気が付いて元の場所に戻すとビルに向き直る。
すると手を握られお店を出るように誘導されニヤニヤ笑うリビーに手を振った。


「向こうでレストンに会ったんだ。それで、ちょっと名前を驚かせようって話になって」

「それで少し早い時間なのね。それから、リビーにお店に呼ばれたのも」

「うん、そうだよ」


それで私がお店に入った時リビーはニヤニヤ笑っていたのか。
今日はやけにニヤニヤ笑っていると思っていたら。
そしてビルが機嫌が良さそうなのも成功したからだろう。
やられたと思う反面、待ち合わせの時間より早く会えた事に喜ぶ自分がいる。
握られている手に力を込めて伝わってくる温かさに喜びが増す。


いつもの帰り道が違う道のように見える。
繋がれている手も、聞こえてくる声もいつもは無い物。
まるで初恋ではしゃぐ子供のようだ。
でも、そんな自分が嫌いじゃないと思う。


「ねえ、ビル」

「ん?」

「私、ビルに会いたかったの。だから、驚いたけど、早く会えて嬉しい」


言ってからいきなり照れくさくなって俯く。
こんな事今まで言った事無かった。
だって学校ではいつでも会えていたから。
だから、こんなに照れくさいなんて知らなかった。


「僕も会いたかったよ」


ビルの声に顔を上げるとにっこり笑っていて、私も同じように笑う。
学生時代にビルの事が好きじゃなかった訳じゃない。
ただ、学生時代よりもビルの事が好きになっただけ。
それはリビーの言ったように良い傾向なのかもしれない。




(20141106)
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