一緒に来て欲しいと告げた日から二週間後に名前は魔法省を退職し、グリンゴッツエジプト支店の事務への就職が決まった。
ただ引っ越すだけではなくしっかり次の就職先を確保しているのが名前らしいと思う。
エジプトでの暮らしにも職場にも慣れるのが早いところもまた名前らしい。


休日は出掛けたり一日中家でのんびりしたりと、とにかく二人で過ごしている。
離れていた一年の寂しさなんてすっかり忘れてしまった。
手紙がいつ届くかと日々待たなくてもいつでも会話が出来る。
名前との生活がこんなにも幸せなのは予想していた以上の事だった。


「どうしたの?」

「名前を見てた」

「……またそんな事」

「本当だよ」


困ったように笑って名前は読んでいた本に栞を挟む。
そしてカップに残っていた紅茶を飲み干し、ポットに手を伸ばす。


初めて名前と話をしたのは入学して暫く経った頃。
いつもは友人と一緒に居るのにその日は一人で談話室の隅に座っていて、珍しいな、と思いながら近付いて気が付けば短針がかなり進んでいた。
話が盛り上がったのは名前がマグル出身だからマグルの話は勿論、本の好みが似ていたからだと思う。
恋人になったのはそれから暫く経ってからだったけれど、あの時からずっと心の中には名前が居る。


「クッキー、あるよ。食べる?」

「じゃあビルの紅茶も用意するわ」

「よろしく」


棚にあるクッキーの箱を手に取り、振り返ると紅茶を注ぐ後ろ姿。
一歩踏み出して低い位置にある頭にキスをする。
首だけで振り返った名前が笑っているのを見て幸せだと思う。
この気持ちを上手く伝える言葉が浮かんでこない。
そんなもどかしささえも愛しく感じる。


「そういえば、モリーさんから届いたパイがあるわ」

「ティータイムにはちょっと早いよ」

「クッキーを最初に出したのはビルじゃない」

「うん、知ってる」


もう、と拗ねたように言う様子に自然と笑ってしまう。
片眉を上げた名前にそのまま笑顔を向けていると諦めたようにパイを持ってきた。
拗ねていた表情から嬉しそうな表情に変わり、パイを取り分ける。
そして幸せそうにアップルパイを口へと運ぶ。
ケーキやクッキーを食べる時の幸せそうな顔が好きだ。


「美味しい?」

「うん、とっても。モリーさんにお礼を言わないと」


例えば、今此処でその指に光る指輪に言葉を添えたとして名前はどう答えるだろう。
驚いて悩むだろうか、それともあっさりと頷くだろうか。
もしかしたら、アップルパイに夢中で聞き逃すかもしれない。
それはそれで名前らしくて良いんじゃないかと思う。


「ねえ、明日はずっと家に居ようか」


ゆっくり眠って寝顔を眺めてうんざりする程くっついていようか。
良いね、と笑った顔もとても好きだと思った。


end.


(20150120)
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