図書館での勉強を切り上げると意味ありげにニヤニヤとしたキャスをロッティが引っ張って行ってしまった。
図書館の出入口にジョージと二人残されてしまった私はとにかく余裕が無い。
ただでさえジョージの前では上手く喋れないし顔だって見る事が出来ないのに。
昨日の事を思い出せば今すぐにでもこの場から走って逃げ出したい気持ちで一杯だ。
けれどそんな事も出来ないから、ただただ一歩ずつ前へと進む。
「あそこ、座ろう」
「あ、うん」
ジョージが指した場所にあるベンチに並んで座る。
石で出来ていて普段は足が触れると鳥肌が立つ。
でも今は冷たさなんて全く感じない。
隣にジョージが座っているという事実に一杯一杯だ。
それに、昨日の事を謝らなければならない。
どうやって切り出そうか、言葉が頭の中を回る。
「寒い?」
「ううん、全然、平気…あの、昨日の事、なんだけど」
「ああ、レポート助かったよ。後で返す」
「あ…うん」
うん、じゃないのだと自分に言っても言葉が出てこない。
落ち着かなくて、でも落ち着きたくて鞄を握り締める。
「名前、俺の事嫌い?」
「そ、そんな訳、無いよ!」
「じゃあ、好き?」
思わずジョージの顔を見てしまった。
好きかなんて聞かれるなんて思わなかったから。
冗談か何かだろうと思ったのに、ジョージは笑っていない。
その顔を見て頭の中はすっかり真っ白になってしまった。
「俺は好きだよ」
「え…あの、好きって、ええと」
ふふ、と笑ったジョージの腕が伸びてきて頭を撫でる。
ただでさえ活発な心臓の音はより騒がしく動き出す。
ジョージの手がまだ頭に触れているし、距離が近くなった気がする。
それに、先程ジョージの口から放たれた好きだよという言葉。
私の頭はとっくに容量オーバーなのに、ジョージはとても楽しそうだ。
「解んない?そうだな…例えば、ダンスパーティーに行くのも、ヤドリギの下に一緒に居るのも、同じ人が良い」
「同じ、人?」
「そう、同じ人。その人はね、今目の前で顔赤くしてる」
そう言いながらジョージの手が髪を掬った。
神経が髪の毛の先まであるかのように意識してしまう。
言われた通り間違い無く顔は赤くて、とにかく熱い。
熱くて熱くて、逆上せてしまいそうだ。
「俺は名前が好きだよ」
「わ、たし、も」
自分でも驚く程に小さな声だったけれど、ジョージはしっかり聞いてくれていたらしい。
ギュッと抱き締められていよいよ心臓が壊れてしまうんじゃないかと思った。
ドサッという音に続いて椅子を引いて人が座る音。
顔を上げるとニッと笑ったジョージが目の前に座っていた。
机の上には私の教科書や羊皮紙と今置かれたばかりの悪戯グッズ。
どうやらまた何か悪戯を仕掛けてきたらしい。
「お勉強か。好きだなぁ」
「好き、じゃないけど…ロッティに怒られるし」
「そりゃ恐いな」
向かい側から伸びてきたては頭を撫でて戻っていく。
ドキドキ、と騒がしくなる心臓に気付かないフリをして羽根ペンを握り直す。
OWLまでもう本当に時間が無くて、やらなければ落としてしまう。
「あの、ジョージ」
「ん?」
「ページ、あの…捲れない」
気合いを入れた瞬間に羽根ペンを持っていない手が絡め取られた。
ジョージの大きな手がしっかり私の手を包み込んでいる。
嫌な訳じゃ無いから、小さな声のささやかな抵抗。
それの答えかのように手を握る力が少しだけ強くなった。
そして立ち上がったと思ったら手は繋がったままジョージが回り込む。
隣に座り、空いている方の手でページを捲る。
「これで良いだろ?俺も名前も何も困らない」
「そ、そうだけど」
「不満か?じゃあ、こうしよう」
「え、」
解かれた手がそのまま伸びてきて頬に添えられた。
あ、と思った時にはもうキスされていて、離れたと思ったらまた触れる。
此処は図書館で、そんなに奥でも無くて、誰かに見られてしまうかもしれない。
そんな事を思っても結局思うだけで私に拒否なんて選択肢は存在しなかった。
「頑張れ名前。終わるまで待ってるから」
くしゃり、と私の頭を撫でてジョージは机に上半身を預ける。
相変わらずの心臓を気にしないようにして、早く終わらせてしまおうと羽根ペンを握り直した。
end.
(20131222)
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