朝から学校中に甘い匂いが漂うこの日はどうも苦手だ。
南瓜は嫌いじゃないけど、甘い物が好きな訳でもない。
甘い物に目が無いリーマスはとても嬉しそうにしているけれど。


「シリウス、隣良いかしら?」

「あ?駄目っつっても座るんだろ」

「勿論。ジェームズは?」

「さあ…ピーター、知ってるか?」

「ジェームズなら、あの、エバンズを探しに行ったと思うよ」

「擦れ違いね。名前、隣座っても良いかしら?」

「大歓迎よリリー!」


そう言って名前はいかにも甘そうなカボチャパイを取り分ける。
エバンズの皿にも乗せていつもよりも無邪気に笑う。
エバンズと居る時の名前は何処からどう見ても普通の女に見える。
この無邪気に笑う名前が本当の名前なんじゃないかと思う程。
そんな事を考えていたら俺の皿にカボチャパイが乗せられた。


「お前!何で俺の皿に乗せるんだよ!」

「シリウスのお皿が寂しそうだったから」

「寂しそうだったからじゃねえよ…どうすんだこれ」

「食べたら良いじゃない。はい、あーん」


口元に差し出されたカボチャパイを恐る恐る食べる。
予想以上に甘くて、直ぐに紅茶で流し込む。
ケラケラ笑う名前に文句を言ってやろうとしたらまたカボチャパイを突っ込まれた。


「あれ?シリウスがカボチャパイ食べるなんて珍しいね」

「名前に乗せられたんだよ」

「そうなんだ。食べないなら僕貰うけど」


リーマスがチラリと見た名前はすっかりエバンズとの会話に夢中。
皿をリーマスに渡して甘くない物を改めて取り分ける。
ミートパイにかぶりついた時、ジェームズの叫び声が聞こえた。


「名前そこ変わって!いやもう君でも良い!」


エバンズの隣の下級生に迫り始めたのを見てエバンズの顔が顰められる。
珍しく勇気を出したピーターが止めようと声を掛けてもジェームズの耳には届かなかった。
結局、頬に手形を作ったジェームズはエバンズの向かい側でにこにこと話しかけている。
エバンズに完全に居ないものとして扱われているのにめげないジェームズは凄いと思う。


満足感で一杯の生徒の集団から少し離れた場所を皆で歩く。
集団の最後尾には名前とエバンズが居て、ジェームズの意識は全てそちらに向いている。


「ねえ、シリウス」

「ん?」

「名前の事どう思ってるの?」

「…変な奴」

「変?名前が?君の親戚だろう?」


リーマスの言葉に名前がブラックを名乗っている事を思い出した。
名前は何処のブラックという事になっているのだろう。
何処だとしても浮かんできた顔に嫌悪感しか湧かない。


「知らねえ。俺親戚の顔なんて覚えてねえし」

「名前は、シリウスが好きみたいに見えるけど」

「ああ、僕もそう思う。ジェームズもそう思ってるんじゃない?」


ピーターの言葉に同意したリーマス。
確かに名前は俺に付き纏っているけれど、それは恋愛感情ではないだろう。
興味があるという悪魔の気紛れなんじゃないだろうか。
素直に言う訳にもいかず、どうしようかと頭を働かせる。


「もし名前に告白されたらどうするの?」

「無えよ、そんな事」

「そうかな?」

「名前は、そんなんじゃ無えよ」


終わりだという意味も込めたのが伝わったのか、リーマスはそっかと言って話題を変えた。
名前は悪魔だから、普通の人間みたいに告白なんてされる訳が無い。




ベッドに入ってカーテンを閉めた筈なのに、此処は何処だ。
ベッドに間違いは無いけれど、ホグワーツのベッドはこんなに広くない。
どうせまた名前の仕業だろう、と冷静に判断出来てしまうのは慣れか。


「なぁーんだ、もうバレちゃったの?」

「お前位しか居ないだろ」

「まあ、それもそうね。誰にも手出しさせないわ」


妖艶な笑みを浮かべて名前はベッドの上に現れた。
肩の出た黒いワンピースを着ている。


「今日はハロウィンでしょ?だから悪戯しようかと思って」


広いベッドの上で距離を取っても落ちる事は無い。
直ぐ足が着けそうな程近くに床は見えているのに。
名前の赤い舌がペロリと唇を舐める。
とても扇情的な光景だが、名前は悪魔。
それを忘れてはいけないと言い聞かせる。


「シリウスったら強情よね。別に人間の女の子と変わらないわよ」

「いや、変わるだろ」

「変わらないわよ。寧ろ煩わしくなくて良いと思うけど?」


遂に名前との距離が縮まってしまって捕まってしまった。
身構えても無駄だと解っていても自然と身構えてしまう。
まだ寝転がっていないだけ良いのかもしれない。
と思ったのも一瞬で、俺の足に跨り悪戯に笑う名前に嫌な予感ばかりが浮かんでは消える。


「お菓子をくれなきゃ悪戯するわよ?」

「持ってねえの知ってんだろ。俺は寝ようとしてたんだ」


じゃあ悪戯ね、と名前の嬉しそうな声。
咄嗟に名前の両腕を掴むとそのまま後ろに倒れ込む。
全く予想もしていなかった行動に慌てて両腕をベッドにつく。
名前の上に倒れ込まなくて済んだけれどまるで押し倒してしまったかのよう。
下から見上げる名前の瞳が薄らと赤くなっている。


「押し倒すなんて、シリウスったら積極的」

「お前が引っ張ったんだろ」

「そうだったかしら?」


クスクス笑う名前の上から退こうとしたのに、首に伸ばされた手がそれを阻む。
名前はまた赤い舌でペロリと唇を舐める。
本当に見た目だけ見れば完璧なのに。


「ねえ、シリウス、キスしましょうよ」

「しつこいな、お前」

「シリウスだって強情だわ」

「何でそんなにキスしたいんだ?」

「言ったでしょう?好みのタイプだって」


廊下を歩いている時のリーマスとピーターの言葉が頭を過ぎる。
そんな事は無いと言っていたのに、と心が揺れ動く。


「お前、俺が好きなのか?」

「好きよ」

「…俺は悪魔と恋人になるつもりは無いからな」

「恋人、ねえ。そんな不確かな関係なんか要らないけど」


名前の表情が冷め切ったのは一瞬だった。
初めて見るそれに背筋がヒヤリとする。
いつもの笑顔になったと思ったら唇が触れていた。
一体何が起きたのか、理解が追い付かない。
それをチャンスと思ったのか、名前の舌が首筋に触れた。
その瞬間に今度こそ振り切る勢いで体を起こす。


「逃げられちゃった」

「お前!調子乗ってんじゃねえ!」

「ファーストキスじゃあるまいし、そんなに怒らないでよ」

「そういう問題じゃ無い!」

「しょうがないなぁ。無理矢理キスしちゃったし、シリウスの願いを一つだけ叶えてあげるわ。まあ、無理な事もあるんだけど」


考えておいてね、と無邪気に笑った名前が指を鳴らす。
途端に広かったベッドがどんどん縮まって元の寮へと戻っていた。




(20130809)
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