名前がリーマスと話していたから、何だか嫌な予感がして声を掛けた。
いつもと変わらずにこやかに振り返った名前と、ボーッとしたようなリーマス。
何かしたのかと名前を睨むけれどこてんと首を傾けただけだった。


「大丈夫だよ」


心配する俺に笑顔を向けて去っていくリーマスに名前が小さく手を振る。
やけにボーッとしていたのはやはり名前が何かしたのか。
でも前にリーマスには興味が無いとハッキリ言っていたし。
聞いたところで素直に答えるかは解らないけれど、聞かない訳にはいかない。


「あら、恐い顔ね」

「リーマスに何かしたのか?」

「してないわよ?少なくとも命に関わる事は」

「他の事はしたのか」


んー?と言いながら腕に抱き付いてきた名前を引き剥がす。
つまんない、と言いながらも再び抱き付いてきて引き剥がそうとしてもビクともしなかった。
見た目は正にか弱い女なのに、相変わらずその力は男そのもの。
男の俺がビクともしないのだから男以上だとも言える。


「誰が男なのよ。こんなに可愛いのに」

「人の心読むんじゃねえ」

「あら、ごめんなさい」


全く悪びれた様子の無い名前に溜息を吐く。
可愛いのは名前自身が目眩ましか何かのお陰だろう。
悪魔だとして本当の姿はどんな物なのか、見当も付かない。
見せてと頼めば見せてくれるのだろうか。


「で、リーマスに何した?」

「だから、何もしてないわよ。ちょーっと会話を忘れて貰ったけど」

「してんじゃねえか」

「私は構わないのよ。でもシリウスが嫌かと思って」

「は?何が?」

「リーマスは私の存在を疑い始めてた。だから敢えて人狼の事を知らないかって聞いたのよ」


は?と言葉に出したつもりが、それは音にならなかった。
名前が口開いてるからキスしちゃうわよと呟いたのを聞いて慌てて口を閉じる。
キスするのに口が開いていようが閉じていようが関係無い事に気付いたけれど、今はそんな事を言っている場合ではない。
人狼の事をリーマスに聞いただなんて、何て事をしてくれたのだ。


「だから、その記憶を消したのよ」

「…何で?」

「言ったでしょ?シリウスが嫌かと思ってって」

「はぁ?お前に何か関係あんのか?」

「シリウスに嫌われたら嫌だもの」


そう言って無邪気に笑った名前に複雑な気持ちになる。
変な奴だとは前から思っていたけれど、やっぱり変な奴だ。
俺に嫌われても悪魔の名前には関係ないだろうに。


「名前」

「んー?あ、もしかしてご褒美にキスでもしてくれるの?」

「しねえよ。お前なら無理矢理だって出来んだろ」

「そうねぇ。でもシリウスからしてくれるならそれが一番だわ」


思わず溜息を吐くと、名前がまた首を傾けた。
この仕草もきっと計算されているのだろう。
名前と話しているとどうも話が脱線しがちだ。


「そもそも、俺はお前を好きだなんて一言も言ってない」

「知ってるわよ。でも嫌いじゃないでしょう?」


嫌いじゃないけど、特に好きでもない。
かと言って興味が無い訳でもなく、ただ変な奴だと思う。
突然目の前に現れて突然学校生活に溶け込んだ。
そして、何故か俺と同じブラックを名乗っている。
皆おかしいと気が付かないのだろうか。
ブラック家でグリフィンドールは俺だけなのに。


「変な奴だな。お前本当に悪魔かよ?」

「あら、また疑うの?」

「じゃあ、何かやってみろよ」

「何かって言われてもねぇ」


うーん、と悩み出した名前に俺も頭を働かせる。
何かと言っても魔法で出来ない事を考えると難しい。
マグル製品は使えないし、大抵の事は魔法で出来てしまう。
マグル出身者が魔法は便利だと言うのが解った気がする。


「シリウス、手」


返事をする間もなく手を握られて、瞬きをしたら次の瞬間には見慣れたホグワーツでは無かった。
肌寒かったホグワーツとは違う、過ごしやすい位の気候の見知らぬ土地。
偶に聞こえてくる言葉もさっぱり解らなくて、ホグワーツでは夕方だったのに今は夜中のように見える。


「お前、これ何処だよ」

「日本よ。イギリスから見て東にある島国」

「ニホン?」

「ああ、イギリスも島国だったわね」

「東って…違う国に来たのか?」

「日本だって言ったでしょ?」


全く、説明したじゃない、と荒く息を吐き出した名前に言い返す事が出来ない。
名前がパチンと指を鳴らすともうそこはホグワーツの男子寮だった。
今自分が瞬きをしたのかしていないのかさっぱり解らない。
ただ、ホグワーツでは姿眩ましも姿現しも出来ないから名前はどうやら人間ではないようだ。


「あーあ、疲れちゃった」

「おい、俺のベッドだぞ」


ゴロンとベッドに転がった名前は丁寧に毛布まで体に掛け始める。
もぞもぞと動いて瞼を閉じたのを見て慌てて名前の手を引く。
けれど予想通りその手はどんなに力を込めて引いても動かなかった。


「良いじゃない、私は貴方を連れて日本まで行ったのよ?マッサージ位して欲しいわ」

「…いや、お前悪魔だろ。それ位で疲れたりするかよ」

「するの!何ならシリウスが添い寝してくれても良いのよ?」


引いていた筈の手を逆に引かれてベッドへと倒れ込む。
名前はそのまま毛布を持ち上げて俺の体に掛ける。
毛布が持ち上げられる瞬間に名前の体が見えた。
その格好が制服なら良かったのに、黒色のベビードール。
そんなに透けていたら着ている意味なんて無いんじゃないか。


「ふふ、見たの?シリウスったらエッチー」

「バッ…カ!見せたんだろ!」

「女の子の下着姿を見てその台詞はモテないわよ、シリウス」


腹の上に乗って見下ろしてくる名前は妖艶な笑みを浮かべる。
名前の肩には毛布が掛かっているけれど、いつずり落ちるかも解らない。
それに、ベッドの周りのカーテンは開いたままだ。


「若いわね」


白い手が太ももを撫でるのを感じてゾクリとする。
それを見抜いたのかニコリと笑った名前の顔が近付いてきた。
咄嗟に自分の唇を覆うと手の甲に柔らかい唇が触れる。
茶色の瞳の中に自分が映っているのを見つけられる距離。


「もう少しでキス出来たのに」

「悪魔とキスなんかするか。キスしてそのまま魂吸い取るんだろ?」

「やだ、そんな事しないわよ。貴方はお気に入りだもの」


お気に入りだと言われたところで何だと言うのだ。
悪魔に気に入られて良い事なんかあるだろうか。
今のところは良い事なんか一つも無い。
思わず眉を顰めると名前が無邪気に笑って立ち上がる。
いつの間にか制服に戻っているのはもう慣れた、と思う。


「ジェームズ達が来るわ。また夕食でね」


手を振った名前が消えたのと扉が開いてジェームズ達が入ってきたのはほぼ同時だった。




(20130802)
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