談話室に戻るとシリウスと名前が並んで座っているのが見えた。
二人の向かい側に座っているのはピーター。
きっと名前がピーターに勉強を教えているのだろう。
勉強を教えながらシリウスとも話しているから名前は器用だ。
空いていた少し離れた場所に座って鞄から教科書や羊皮紙を取り出す。
羽根ペンをインク瓶に浸した時、目の前にジェームズが座った。
その頬に手の形が赤く残っているのは気付かないフリをしておこう。
「やあジェームズ」
「あっちに座れば良いじゃないか」
「邪魔になりそうだから」
「それを言ったら既にピーターが邪魔してると思うけど」
確かに、と頷いて羊皮紙にタイトルと名前を書く。
それを覗き込んでジェームズが要点をポツポツと言う。
メモをしてお礼を言うともう既にジェームズの興味は別の所へ移っていた。
探るような表情でシリウスと名前を見ている。
真剣に何かを考えているんだなぁと思いながら文字を書く。
休んでいたせいで解らない部分は別の本から拾う。
「シリウスと名前、恋人になっちゃえば良いのに」
ポツリと呟いたジェームズと同じように二人を見る。
楽しそうに笑いながら話す名前に、うんざりとした顔をしながらも相手をするシリウス。
シリウスは女の子達と遊んでいるけれど、あそこまで仲が良いのはきっと名前だけ。
「シリウスと名前がくっつけば僕もリリーと上手くいくかもしれないよ!」
「それはどうかな」
「リーマス、リリーは照れてるんだよ。だからリリーと仲良しの名前がシリウスと居る時間が増えれば自然とリリーは僕と」
幸せそうな顔で妄想を始めたジェームズに聞こえるように溜息を吐く。
それでもジェームズの耳には届かないのだろうけど。
レポートの続きを書いていたら妄想から帰ってきたジェームズがいきなり真顔で口を開いた。
「リーマス、悪魔って信じる?」
「悪魔?」
「うん、悪魔。確か…あ、あった。これだよ」
図書館で借りてきたのだろうと思われる本。
そこに描かれているのはマグルが書いたという悪魔の絵。
信じるかと言われても、いきなりの事で言葉が出ない。
どうしてかと聞き返すとジェームズはううんと唸る。
「シリウスがこの間、急に悪魔の話をしてね。一人で図書館に籠もって調べてるみたいだし」
「ああ」
この間一人で図書館に居たシリウス。
もしかしてその事を調べていたのかもしれない。
「それに、ちょっとだけ気になる事があるんだ。これ見てくれよ」
「地図?」
周りの目が此方に向いていない事を確認して杖で叩いた。
それはお馴染みの忍びの地図で沢山の名前が動き回っている。
ジェームズがトントンと人差し指で談話室を叩く。
自分の名前とジェームズの名前が向かい合っている。
「こっち、シリウスの隣」
言われる儘に名前を見ると、シリウスの隣にはピーターの名前。
思わず三人の方を見てもう一度地図に目を落とす。
シリウスとピーターの間に居る筈の名前の名前が無い。
談話室に居る他の生徒はしっかりと表示されているのに。
「地図の調子が悪いとか?」
「さあ…それか名前に何かあるか」
「名前に?」
「まあ、解らないけどね。名前が何であれ僕等の大事な友達に違いないさ」
ピーターに勉強を教えている名前を盗み見る。
ジェームズが悪戯完了と呟く声が聞こえた。
確かに、名前はホグワーツに入学した時からずっと一緒に過ごしてきた友達。
それに間違いは無いのに、不思議と何かが引っ掛かっている気がした。
監督生の集まりはいつも少しだけ憂鬱な気分になる。
それはジェームズとシリウスの悪戯の事があるからか、自分には重いからか。
どちらか解らないけれど、エバンズが隣に居ると落ち着かなくなる。
「そういえば、最近あの人達は悪戯しないのね」
「ああ、うん。僕は助かってるよ」
「相変わらずポッターはしつこいけど」
思い出したのか顔を顰めながらエバンズが言う。
部屋でもエバンズの事ばかり言っているのはとても言えない。
「名前も、どうしてブラックと仲良くしたがるのかしら。ルーピンとペティグリューはともかく」
「シリウスはああ見えて良い奴だよ」
「そうかしら?」
顰め面のエバンズに苦笑いしか出なかった。
あの二人の自業自得と言えば自業自得。
それを止められない自分も同罪だろうか。
でもせっかく出会えた友人達を失いたくはない。
エバンズに止めてと言われて頷いても実行した事は無かった。
それをきっとエバンズも知っている。
「リリー」
「名前。図書館の用事は終わったの?」
「ええ、終わったわ。リーマスと一緒って事は監督生の集まりだったのね」
「そうなの。これから図書館に行こうと思っていたの」
名前の声に今まで考えていた事が一瞬で吹き飛ぶ。
ニコニコと笑いながらエバンズと会話をする声を聞いてこの間の事を思い出す。
忍びの地図に名前が無かったのはあの時だけで、次の日には名前が出ていた。
女子寮のリリー・エバンズの横に名前・ブラックと。
それを見て何かが引っ掛かったのだけどそれが何かは解らない。
図書館へ行くと言うエバンズに手を振る名前を見ていたら急に目が合った。
一瞬、いつも茶色の名前の瞳が赤く見えたような気がする。
瞬きをしたらいつもと変わらない茶色だったから気のせいだろうか。
「リーマス、元気無いわね?」
「そうかな?元気なつもりなんだけど」
「何て言うのかしら…何か深刻な悩みがあるみたいだわ」
見透かされたようでドキリと心臓が音を立てた。
けれどそれを悟られないように笑顔を作って否定する。
それはもう慣れた事だった。
幾ら大事な友達だとは言え名前には言えない。
悩みが無いなら良いんだけど、と言う名前に笑顔を向けながら心の中では後ろめたさで一杯だった。
「そういえばリーマスは人狼の事、詳しい?」
「え?」
「今年習うじゃない?だから予習しておこうと思って詳しい人を探してるの」
嫌なドキドキを押し込んで首を横に振る。
詳しくないよごめんねと伝えるだけで精一杯。
解ったわ、と笑う名前の瞳が今度は確かに赤く光った。
キラキラと輝くルビーのような赤。
ふわふわとした物が頭の中に広がる。
「名前、リーマス」
シリウスの声に頭の中のふわふわが消えてハッとした。
眠っていた訳では無いのに何故だか頭がボーッとする。
ぼんやりとシリウスと名前の会話を聞きながら軽く目を擦った。
「リーマス、大丈夫か?」
「うん、大丈夫。そういえば僕マクゴナガルに呼ばれてたんだ」
「ああ、体調悪いなら医務室行けよ」
心配するシリウスに大丈夫だと告げて二人と別れる。
小さく手を振る名前を見て今何を話していたのだろうと思った。
確か何か話していたと思うのだけど、全く思い出せない。
(20130727)
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