クリスマスの夜、もう寝ようかと周囲に挨拶をして扉を開けた筈なのに足を踏み入れたそこはまたしても厨房だった。
ただし、今まで居た厨房よりも広く、隅の方には小さなゴブリンが固まって此方の様子を窺っている。


「ご招待どうも」

「ふふ、いらっしゃいリーマス」


お皿が幾つか乗ったトレーを持つ名前がにっこりと笑う。
そして促されるままに後をついて行き、椅子へと腰を下ろした。
久し振りに来る名前の城は前に来た時と何も変わっていない。
室内を見回していると名前がグラスにワインを注ぎ始めた。
見覚えがあるそのワインは、クリスマスプレゼントで名前へ贈った物。


「せっかくだから一緒に飲もうと思って」

「シリウスと飲むかと思ってたよ」

「私、そんなにいつもシリウスと一緒って訳じゃないのよ」

「そうみたいだね。名前が居ない時、シリウスが名前が作ったサンドイッチ食いたいって呟いてた」

「それは嬉しいわ。明日も作らなくっちゃ!」


言いながら嬉しそうに笑う姿は人間と変わらない。
まるで本当にシリウスに恋をしているような。


「じゃあ、乾杯、かな?」

「ええ、乾杯」


向かいに座った名前とほぼ同じタイミングでワインに口をつける。
普段名前が飲む物よりは安く、私が買うもよりは高いワイン。
広い広いテーブルに用意されているのはチョコレート。
クリスマス限定のようで、表面にはサンタクロースやトナカイが描かれている。


「そういえば、名前ってクリスマスは平気なの?」

「ふふふ、同じ事聞くのね」

「もしかして、シリウス?」

「正解。クリスマスは平気よ」


綺麗な笑みを浮かべて名前はクリスマスツリーが描かれたチョコレートを食べた。
悪魔はクリスマスが平気なのか、それとも名前が平気なだけなのか。
シリウスも同じ事を考えていそうだと思いついて少し面白い。
クリスマスの他にも疑問に思う事で共通しているものがありそうだ。
今度その事について話してみるのも面白いかもしれない。


「アーサーは元気だった?」

「ああ、元気だったよ。ただ、マグル式の治療をしてモリーが少し怒っていたけどね」

「あら、それは面白いわね。見に行けば良かったかしら」


アーサーが怒られているのを想像しているのか、名前が笑みを浮かべる。
アーサーの近くの患者と喋っていたから内容を細かく覚えてはいないけど、そんなに面白い物でもないと思う。
とは言え、名前は悪魔だから人間とは楽しみ方が違うという可能性もある。


「確かに縫う治療法もあるけど、魔法界の蛇の傷に効くのかしら」

「さあ、どうだろう」

「ま、アーサーが危険な気配はないしきっと大丈夫ね」


そう言ってワインを飲み干す名前を見ていると目が此方を向いて弧を描いた。
表情を見る限り、きっと今のは本来人間には言わないんだろう。


「そういえば、リーマスは何か欲しい物ある?」

「どうしたんだい、急に」


頬杖をついて、此方を見ながらワイングラスの縁を指でなぞる。
にっこり笑う名前の真意を探ろうと観察してみるけれど何も読み取れない。


「知りたいから、じゃ駄目?」


首を傾げた名前はとても魅力的に見える。
いつだったかにシリウスが名前は外見だけは良いと呟いていたのを思い出した。
悪魔でなければ、とも。
魅力的に見えるのも悪魔だからこそなのだろう。


「君は、そうやって何人誘惑してきたの?」

「ふふ、忘れちゃった。だって、私は悪魔だもの」


魅力的ながらも、思考の片隅で危機を訴えている自分がいる。
悪魔だから人間を誘惑するなんて簡単な筈だ。
目が茶色な間はまだまだ本気ではない、と思う。
真っ直ぐ茶色の目を見つめ返していたら不意に名前が視線を逸らした。


「シリウスも貴方も、私が悪魔だって知っているからか誘惑されてくれなくてつまんないわ」

「名前が本気になれば簡単なんじゃないかな」

「……シリウスは難しいんじゃないかしら」


拗ねたような口調で言う名前はやっぱりシリウスを好いているように見える。
シリウスに言ったら否定されてしまうだろうけれど。


「私には君が本気でシリウスの事が好きなんだと思えてならない」

「前にも言ったじゃない。シリウスの事は好きよって」

「それは、本気で?」


名前はワインを飲み干して、新たにボトルからグラスへと注ぐ。
そしてグラスを回しながらワインを眺めて笑みを浮かべた。
それがどういう感情から来るものなのか、考えてはみても浮かぶものはどれも推測ばかり。


「リーマス、そんなに私の事知りたいの?」

「んー……単なる興味、かな」

「興味ねぇ。まあ、私も似たようなところはあるし」

「それは、私が人狼って事とか?」

「ふふふ」


楽しそうな子供のように笑ってワインを飲む姿は何だかアンバランスだ。
同じ様にワインを飲むと名前が注いでくれる。


「それで、欲しい物は思い付いた?」

「それ、答えなければいけないのかな?」

「そうね。答えてくれたら嬉しいかしら」

「欲しい物、か……いざ聞かれると思い付かないなぁ」


子供の頃は欲しい物が数え切れない程あった。
それもいつからか欲しい物の数が減り、こんな風に悩んでいる。
もし子供の頃に名前と出会っていたら望んでいただろうか。


「このチョコレートっていうのは駄目?」

「あら、チョコレートで良いなんてリーマスらしい。せっかくなら新品どうぞ」


名前がそう言うとゴブリン達が未開封の箱を持って飛んでくる。
運んでくれたゴブリン達にお礼を言うと飛び跳ねながら戻っていった。
あれは喜んでいると捉えて良いんだろうか。


「ところで、欲しい物だなんてどうして急に?」

「クリスマスプレゼント」


ウインクをする名前を見つめながらきっとシリウスも同じ事を考えたのだろう、と思う。
まさか悪魔がクリスマスプレゼントと言うなんて。
そしてシリウスの事だからそれを面と向かって本人に言ったのだろう。
想像すると何だか可笑しくて誤魔化すようにワインを飲んだ。


「来年も、シリウスとリーマスにプレゼント渡せるかしら」

「大丈夫だよ。きっと」

「きっと、ね。そうなるって願ってるわ」


こういう事を言うから、名前が悪魔だという事を忘れてしまいそうになるんだろう。
名前の言葉が嘘を吐いているとはどうしても思えないから。




(20190530)
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