昼食の後、皆はアーサーの面会に出掛けていった。
一緒に行くかと思っていた名前は紅茶を淹れている。
魔法で一瞬で淹れるのではなく、何か拘りがあるらしくマグル式で。
テーブルには紅茶のお供に、と名前が作ったらしいウイスキー入りのチョコレートが置かれている。
それを一つかじると目の前に紅茶が置かれた。


「美味しいでしょう?」

「ああ、美味いな」

「シリウスの為に特別に作ったんだから」


機嫌良くそう言うと名前は隣に腰を下ろす。
そしてチョコレートを一つ食べると赤い唇をぺろりと舐めた。
相変わらず外見だけはとても魅力的だと思う。
悪魔でなければ、なんて思うのも仕方がないというものだ。


「一緒に行くかと思った」

「シリウスが一人になっちゃうじゃない」

「……それが理由か?」

「そうよ。それに、私がアーサーを見に行ったのはあくまで騎士団員だからってだけ。私個人としてはシリウスの方が大事」


素直に喜んで良いのか悪いのか、よくわからない。
騎士団員だからというのはきっとダンブルドアに言われているからだろう。


「俺の見張りがお前の仕事だからな」

「見張りだなんて」

「間違っていないだろう?」


ずっと此方を見ていた名前がふいっと顔を逸らした。
こういう時だけやけに解りやすいのはわざとだろうか。
もしかしたら、他に行かなかった理由があるのかもしれない。
しかし、そればかりは本人にしか解らない事だ。


「それはそうと、せっかくクリスマスは二人だと思ったのに」

「残念だったな」

「ロマンチックなディナーにするつもりだったのよ。ちゃんと蝋燭も用意して」

「諦めてなかったのか。ブローチあげただろ」

「それとこれとは別!」


作る予定だった料理の名前を呟く名前を見ながらすっかり冷めた紅茶を飲み干す。
皆が帰ってくるまで何をしようか考えていたら聞いているのかと怒られた。
実現しない事を聞いていても仕方がないと思うのだが、それは思うだけにする。


「そもそも、クリスマスは平気なのか?」

「平気って?」

「あちこちの教会で聖歌歌ったりするだろう」


悪魔である名前にとって教会だの聖歌だのは苦手としている物の筈。
実際どれ程の効果があるのかは知らないが、全く効かないなんて事はないんじゃないだろうか。


「ああ、そういう事ね。別に何も影響はないわよ」


何でもない事のように答えて、名前が指を動かす。
するとその指の動きに合わせて空のカップが移動する。
それは一瞬で洗い上げられ、乾燥まで終えて食器棚に戻っていく。
そういえば昔、銀製の十字架なら効くような事を言っていた。
聖書が平気で聖歌も平気で、唯一の弱点というところか。
生憎、銀製の十字架なんて持っていないけれど。


「本当に力がある人間の歌じゃないとね。それより、せっかくの皆で過ごすクリスマス、何かするの?」

「そうだな、まずは屋敷を飾り付けしないとな。ツリーも用意して……名前、手伝えよ」

「ふふ、良いわよ」


あっさり頷いた事に拍子抜けしてしまった。
しかし、手伝うと言うのだからとことん手伝わせるとしよう。




子供達にも手伝わせながら、屋敷の掃除と飾り付けをする。
今までにない程楽しく、思わず歌なんて歌ってしまう。
シャンデリアに金銀のモールを飾り付けていたら洗濯物を抱えた名前が通りかかった。


「掃除終わったのか?」

「終わったわよ。随分ご機嫌ね」

「そうか?」

「ええ。私にそんな笑顔見せてくれたのは初めてよ」


そうだったかと首を傾げると名前が可笑しそうにクスクスと笑う。
しかし、今はそんな些細な事は気にしていられない。
早く屋敷の飾り付けをしなければ、クリスマスが来てしまう。


「マンダンガスがツリーを仕入れてきたわ」

「お、来たか」


あれを飾ってこれを飾って、と頭の中でプランを組み立てる。
シャンデリアが終わったから早めにツリーの飾り付けに手を付けよう。
洗濯物を抱える名前に別れを告げて歩き出す。
思わずクリスマスソングなんて口遊んでしまう。
後ろから名前が呆れたように何か呟く声が聞こえたが、特に気にならなかった。




クリスマスイブの夜、名前が買ってきたワインを飲みながら屋敷の飾り付けを思い浮かべる。
我ながらなかなか上出来だと自画自賛してしまう程だった。
普段は忌まわしいこの屋敷も今ばかりは好きになれそうな気がする。
ワインと一緒に出されたシチューもいつもより美味しいと感じるのは気のせいではない。


「ねえ、ヤドリギは飾らないの?」

「飾らない」

「どうしてよ。ロマンチックなクリスマスには欠かせないと思うけど」

「うっかりお前とヤドリギの下に立ったりしたら堪らないからな」

「そんなに嫌?」


不満そうな顔で尋ねられ、思わず名前の顔を見つめてしまう。
黒い髪に大きく丸い茶色の目、赤い唇は形も良く顔自体も整っている。
人間であるならば魅力的であると言えるだろう。
あくまでも人間であるならば。


「人間だったらなぁ」

「本物と変わらないよ。シリウスだって知ってるでしょう?」


確かに名前とは過去に何度かキスをした事はある。
人間と違うといった事は無かったが、それはそれだ。


「名前、本当の姿はどれだ?」

「これよ」


騎士団用の姿から貴族服姿へと変わる。
確かにこの姿だと限られた人間にしか見えない。
しかし、騎士団用の姿でも姿を消す事は出来るんじゃないか。
そう疑ってしまうのは仕方のない事だと思う。
手を伸ばして名前の頭を撫でる。
ついでに指で髪を梳き、頬にも触れた。
柔らかな肌は触っているだけで心地良い。


「キスしてくれるの?」

「しない」

「私掃除も飾り付けも頑張ったのに」

「そうだな」


頬を撫でながら相槌を打つ。
素直に頷き、掃除と飾り付けを張り切ってやっていたのはこの為だったのかと腑に落ちた。
名前の手伝いで助かったのは事実ではある。


「キスだけだぞ」


嬉しそうな笑顔を浮かべた名前の唇に自分の唇を重ねた。
柔らかい唇は何度でも触れたくなってしまう。
何度も触れていくうちに気が付いたら魂を取られていた、なんて事がありそうだ。
これこそ正に悪魔の誘惑だな、なんて思う。




(20180511)
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